宮廷画家ゴヤは見た | 映画熱

宮廷画家ゴヤは見た

人間というものは、卑怯で残酷で、優しくて美しい。 …まさに、ゴヤの絵画そのもののような映画。


フランシスコ・デ・ゴヤは、18世紀にスペインで生まれた偉大な画家。カルロス4世に任命されて宮廷画家となる。王と王妃の肖像画や、「カルロス4世の家族」 「裸のマハ」 などを制作する一方、戦争の惨禍や苦しむ人々の現実を正面から捉えた作品を多く残したことでも有名。彼の創作活動が映画になると聞いて、さっそく見に行きました。


彼の絵は独特のタッチなので、興味のある人は “ゴヤ入門” としてこの映画をオススメします。しかし、オシャレな映画ではないので、覚悟してご覧下さい。絵画ファンは必見だと思います。


しかしこのタイトル、どうにかならんか。原題は、「GOYA’S GHOST」 なんだから、“ゴヤの幽霊” でいいじゃん。何でまた土曜ワイド劇場みたいにせにゃならんのか?言うまでもありませんが、市原悦子は出てきませんのでお間違えなく。そんな軽い作品ではないので、オバチャンはカン違いしちゃいけませんよ。


監督・脚本は、巨匠・ミロス・フォアマン。映画好きなら知っている名前ですが、一応説明させていただくと 「カッコーの巣の上で」 と 「アマデウス」 でオスカーを2回受賞しているすごいジイさんです。本作のアイディアを思いついたのは、50年以上前だそうな。なるほど、あたため過ぎて熟成した感じがします。


出演は、ハビエル・バルデム、ステラン・スカルスガルド、ナタリー・ポートマン、ランディ・クエイド、ホセ・ルイス・ゴメス、ミシェル・ロンズデール、マベル・リベラ。


さて、映画ですが、すごい作品に仕上がりました。強烈な映像にただひたすら圧倒されっぱなしで、お腹いっぱいになりました。巨匠の妥協なき映像の美学を、すみずみまでご堪能下さい。マニアックな芸術映画だと思います。これぞ “アート映画” と言えるのかもしれない。


ゴヤを演じるのは、ステラン・スカルスガルド。「奇跡の海」 で事故に遭った不幸な夫を演じたおっちゃんですな。どちらかというと繊細なイメージで登場した彼が意外でしたが、物語が進むにつれ、表情が険しくなっていくところがいい。後半は、いかにもゴヤっていう感じの顔になっていたような気がしますが、専門の人が見るとまた違うでしょう。気になる人は、他の人の記事を探してみて下さい。


ゴヤの人生に大きな影響を与える人物として登場するのが、ロレンソ神父。演じるのは、ハビエル・バルデム。「ノーカントリー」でガスボンベを操る殺人鬼を演じたコワいおっちゃんです。聖職者の格好をした彼も一段と恐い。どうしてこんなに恐いんでしょう。顔の部品が全部恐い。こんな悪人顔の神父がいたら、子供が泣き出してしまいそう。その彼が、囁くように話すんですよ。…マジで恐いス。


“受難の女” を演じたのは、ナタリー・ポートマン。イスラエル出身の彼女は、ユダヤ系の役がよく似合う。マグダラのマリアのようなイメージすらある彼女の熱演は、多くの人の心を打つと思います。これでもかこれでもかと、散々な目に遭う彼女の心を支えるのは、一体何か。顔を背けずによく見ておいて下さい。


ポートマンは、素晴らしい女優だと俺は確信しました。後半は、彼女の魂を抱きしめて一緒に泣きたい衝動にかられる場面も。それくらい、渾身の演技でした。生涯の記憶に残る、忘れられない役柄となるでしょう。


とにかく、この映画はすごい。ゴヤの作品が生まれた背景って、やっぱりこういう世界なんじゃないかって思えるくらい、圧倒的な説得力でせまる画面の連続。いつ死ぬかわからない過酷な状況において、生きていることを実感できることは、絵を描き続けることだけだったんだと思います。ある意味、神が描かせたとも言えるかも。


例えば、ルノワールの絵に登場する人物って、みんな優しそうに見える。俺が思うに、ルノワールという男は、人を喜ばせることが好きだったんじゃないかって思うんです。ホントは性格の悪い女でも、ルノワールに描いてもらうと、かわいい女に変身できる。その絵を見た本人が、それにふさわしい自分になろうと努力するようになる。だからルノワールは、こうありたいという女の願望を見抜いて表現したのだと。


ところが、ゴヤの描く絵の登場する人物は、どうもモヤモヤしているように見える。これは、ゴヤ自身が感じた世界をそのまま描いた結果なんじゃないかって思う。性格の悪さは顔つきに出る。ストレート過ぎて人を怒らせることもあったかもしれない。映画でも、そういう場面が出てくるのでお見逃しなく。俺が思うに、ゴヤはそれが美しいと感じていたんじゃないかな、ってこと。画家にもきっと、いろんなタイプがいるんでしょう。



昨年の年末に、新潟でゴヤの版画展があったんですが、仕事が片付いて見に行った時は、すでに閉館期間になっていて、見ることができませんでした。あの時見ることができたら、本作を見た時の臨場感が違ったろうなあって、残念に思います。でも、いずれ見る機会があるでしょう。その時を楽しみにしておきます。


絵画と映画って、違うようで共通した部分があると思うんです。30代を過ぎた頃から、絵画を見る時の感覚が変わってきたような気もする。数年前に、長岡の美術館で 「シャガール展」 が開催された時に、絵を見た瞬間に何か波動のようなものを受けて、後ろに倒れそうになったことがありました。絵画には音や動きがないのに、まるで生きているような躍動感がある。それをまともに食らった貴重な経験でした。


本作を見て感じた波動も、これに似たものがあったかもしれない。魂のこもった作品が人を動かすというのは、理屈じゃなくて感覚でわかる。絵画ってすごいんです。20代の頃に画廊で少し働いた期間があったこともあって、絵を見るのはわりと好きなんです。自分は絵は描けないし、知識もほとんどないけど、精神的に力がわいてくる世界だと思います。


絵画の心は、映画の心に通じる。それは間違いない。秋は芸術の季節です。普段は経験しない、精神の冒険を楽しみましょう。新しい領域を開拓できるかも。


絵を描ける人って、何だか尊敬しちゃいます。人間は、自分に合った表現方法があるんだと思う。俺は絵は描けないけど、文章で自分の心を記録していきたいと思っています。 …インチキ映画ブロガー桑畑は見た! さてこのシリーズ、いつまで続くのやら。




【鑑賞メモ】

鑑賞日:10月11日 劇場:T-JOY新潟 14:20の回 観客:約10人

途中でケータイを鳴らしたオバチャンが1人。 …観客桑畑は見た!



【上映時間とワンポイント】

1時間54分。徳島県の大塚美術館で、原寸大の陶板で再現されているゴヤの作品25点が見られるそうです。(パンフの情報より)


【オススメ類似作品】


「モディリアーニ 真実の愛」 (2004年フランス・イギリス・イタリア合作)

監督・脚本:ミック・デイヴィス、出演:アンディ・ガルシア。ピカソと張り合う、クセのある画家を、ガルシアが生き生きと演じています。俺が思うに、彼は酔っ払いのプロだと思う。ドランク・アーティスト・モディリアーニの屈折した人生をとくと見よ。絵を描く時に流れる美しいメロディが魅力的だったので、サントラも買っちゃいました。


「真珠の首飾りの少女」 (2003年イギリス)

監督:ピーター・ウェーバー、原作:トレイシー・シュバリエ、出演:スカーレット・ヨハンソン。タイトルからわかるように、フェルメールの映画です。口をポカンと開けたスカーレットが、何だかエロくて魅力的でした。青い絵の具って、高価だったんですね。


「アマデウス」 (1984年アメリカ)

監督:ミロス・フォアマン、原作:ピーター・シェーアー、出演:F・マーリー・エイブラハム。せっかくだから、コレも紹介しちゃいましょう。サリエリとモーツァルトの関係って、本作のゴヤとロレンソの関係に似ているかも。真面目にがんばっている方は報われず、ハチャメチャな男の方が成功してしまうのって、よくある話なのかも。だけど俺は、地道にがんばる人の方が好きです。才能って何だろうって、考えさせられる映画。