昨日までの とある心理学者の方のお話なんですが

私的には 三森真人さんのこの記事

「群れ」から「個」へ、そして大いなる「全体」へ

で おっしゃってる事と リンクしてると 感じてます。

(それ以前の記事でも 三森さんおっしゃる所の 本来の自分 と繋がることは

 昨日の記事でも書いたんですけど)



日本よりも 個人主義的な オーストラリアにあっても

現代社会のあり方自体は さほど 変わりがありません。

文化的に より自由そうに見えても

やはり 社会全体のあり方からは 自由ではない。

そして 彼女は その真っ直中で 生きてきたような人だったのだけど

それゆえの苦しさを 通して 

彼女は いわば 社会での第一線から離れ

自分らしい道 自分の魂の衝動が求める道を 歩き始めた・・・。



その過程で触れたのが 個を存続させるための究極の教えとも言える 過去生。 

「自らは 肉体を 超えた 存在である」という 教えでも あったのですけど。

それを機に 展開していったことは 彼女を "本来の自分" へと 連れもどすもの。

この身体と心を通して 生命そのものが 表現しようとしているもの。

個としての あるべき姿。



そして

かの心理学者さんは 三森さんが おっしゃるように

遅かれ早かれ、
“本当の自分” は単なる〈個〉ではなく、
大いなる〈全体〉そのものだと気づく

道を 歩まれているように 感じるのです。