本日も真っ青な空がどこまでもどこまでも。抜けるように心地よく青い空なのに、じっと見ていると奥の奥にある暗闇が透けて見えてきて、空が蒼く見えてくるから不思議。空の奥、どこまでもどこまでも続く空間。やはり、なんだか少し悲しくて怖いから、雲がある空の方が好きな魚は臆病者。


さささ、臆病者の魚は怖いものなど盛り沢山。ですから、いちいち何が怖い、何なら平気、という風に語るにも及ばないのですが、どうやら、やはり、十人十色、怖いものは千差万別のようでして。虫が怖い方や、水が怖い方、幽霊妖怪、高所、閉所、暗所、地震雷、火事にお父さんにお母さん、奥さん、姑、嫁、まんじゅう。もちろん、何が怖いと尋ねられれば、身の危険が迫る気がして怖くてたまらないのでしょう。

しかし、魚は今まで、や、もちろん、幽霊妖怪に脅えたことや、憤怒の表情のお父さんの前では小さく縮みあがったこともありますが、先程書いたものを怖いと思ったことはなかったのでして。怖くなるほど近づいてない、というのも1つの原因なのでしょうけれども。しかし、最近、魚の身体におこる異変。知らぬ間に変化を続ける魚の心模様。

先日、とある約束がありまして、都心にそびえ立つ大きな塔のような建物に入り込む魚。その近辺には高い建物が多くあるものの、その中でも頭5つ分くらいは高い方に入るその建築物。箱形の扉以外は全面硝子張りの自動昇降機に乗り込みまして、地上15階を目指した魚。ぬ。ぬぬぬぅ。

おかしいのです。今まで高いところに登りまして遠くを眺めるのが好きだった魚。このような状況ならば狂喜乱舞してもおかしくないものの、まさか、足元に遠ざかっていく地面を眺めながら恐怖を感じるなんていうのは言語道断にて、高所恐怖症の症状ではないですか。。。しかし、いてもたってもいられなくなる、という程ではないものの、足の付け根、股関節、下腹部がキュゥゥとするのです。これが、高所恐怖症か。ふふふ、これで、所詮魚は馬鹿だから高いところが好きに違いない、などと言われることもないだろう、と思ったのですけれども。どうやら、少々違うようでして。別の機会に高所に行きましても恐怖心を感じない魚。ぬぬぬ、はたしてこれは一体どういうことなのでしょうか。そして、少々考えまして、おぼろげながらわかりました1つの仮説。

そう、どうやら、最近の魚は電化製品などを身近からはからずも遠ざけた生活を送っていたのです。現代よりも原始に近づくその生活の過程の中にて、人工物への恐怖心が湧きおこってきたようでして。

たしかに、恐怖心というのは未知のものに対して抱くこと多いもの。ですから、心霊、幽霊、妖怪のたぐいの恐怖心、は未知のモノに対する恐怖心なのでしょう。そして、さらに、畏怖すべき対象にも恐怖したりするもの。例えるならば、地震、雷。己の力の到底及ばない自然の脅威には恐怖心が生まれるのでしょう。

さささ、この場合の魚。原始に近い暮らしの中では、近代的な建築物など未知のモノ。さらには都会に群生する巨大な建築物の林、ものすごい速さで通り過ぎる自動4輪車両。。。どうやら、生活を原始に近づけた魚は感覚までもが原資に近づき、人工物の持つ力、速さ、不自然さ、はかなさに恐怖心を感じることがあるようなのでして。


だって、ほんの7,80年くらい前はあたり一帯が焦土だったなんて、信じられませんから。。。

人の力に畏怖を覚えて、自分を無力と思いこんでしまう己自身にも、また違った怖さ。

そして、あまりの速さで過ぎ去っていく時間に感じる怖さ。。。


そんな、ある晴れた日の午さがりの蒼い空。

風の音も聞こえない。


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