叫びあのクライスラーが破産法の手続きをするとは。アメリカ自動車メーカーの一角を占めて、世界の自動車産業を席捲してきたクライスラーは、三菱自動車と資本提携するなど、日本にも大きな影響を与えてきた。この巨大メーカーが倒れたのだ。これは、多分、大地震の前の余震に過ぎない。やがて、GM、フォードもこのままでは乗り切れない津波に襲われることになるだろう。

爆弾今から約45年前に、日本は自動車の輸入自由化、という洗礼を受けた。これで、日本の自動車メーカーは、アメリカのビッグ3に飲み込まれると誰もが思った。しかし、結局、『飲み込まれた』メーカーは1社もなかったのだ。自由化の5年後にク社は、三菱工業と自動車部門の合弁を発表して、ついに巨大資本が日本の自動車メーカーを飲み干す時がきた、と思ったのだが、これも、93年に提携解消、2000年にダイムラー・クライスラーとなった後に、再び三菱自動車と資本提携したが、またもや、05年に全株を売却。ドイツのダイムラー(ベンツ)もやがてク社との資本提携を解消している。

!?この50年間のク社は、巨象が暴れ回ったものの、ついに何も成果を得ずにぶっ倒れたようなかっこうだ。そして、ク社以外のGM、フォードもよたよたとして倒れそうな状況である。どうして、こんなことになったのか? それは、歴史の流れを考える上で、一つのヒントになる問題だと思う。

えっビッグ3の凋落の背景にアメリカという巨大先進国の衰退というバックスクーリンがある。流れ作業による組み立てライン、定期的なデルチエンジによる技術革新と商品の陳腐化、徹底した市場調査に基ずくニュモデル(新製品)開発、--こうした、アメリカ自動車産業が編み出した発展の方法を、もっとも忠実に実行し、また、完成度の高いものにしたのは、実は日本の自動車メーカーだった。

パンチ!同じエンジンを10年以上も搭載していたヨーロッパのメーカーも、日本の成功を見て、これらの経営手法を取り入れることで、現在に生き残ってきた。だが、ビッグ3は、なぜか、これらの経営手法を適当にしか用いてこなかったのだ。そのため、『ブリキの固まりで、こんなクルマに乗りたくない』とバカにしていた日本のメーカーに追い抜かれてしまった。

メラメラ多分、この歴史的な逆転劇は、ビッグ3の歴代経営陣が抱いていた『自惚れ』、日本のメーカーが持っていた『危機感』によるものではないだろうか。苦節50年、日本のメーカーは、生き残った。この成果は、日本には競争するメーカーがアメリカの3倍近くもひしめいているために得られたとも考えられる。

目しかし、日本の自動車産業は、これから10年、20年と先を眺めてみると、不透明で非常に厳しい状況を迎えている。自動車産業は、アメリカ、ヨーロッパ、日本の独占産業ではなくなっているからだ。