ある2つの養豚場の話。


A養豚場とB養豚場、2つの養豚場の豚は、もとは同じ血筋の豚から繁殖させた同じ種類の豚でした。

しかし数十年後、
B養豚場の豚がとてもおとなしい性格になっており、その性格の違いは、A養豚場の豚と同じ血筋とは思えないほどだったのです。


なぜこんなにも性格が違ってしまったのでしょうか?


その秘密はなんと"おんぼろな秤"にあったのです。


古くて衝撃に弱い秤を使っていたB養豚場では、
暴れる豚を秤に乗せることに大変苦労します。

そのため飼育員は、繁殖させる際、
容易に秤に乗せることができる「おとなしい豚」を選択し、乱暴な豚を避けるようになったのです。
(意識的、または無意識的に)

初めはそれほど大きな違いでなくとも、それを繰り返していくうちに目に見えた違いが出てきたのでしょう。



こういったヒトの手によって生物にかける淘汰を『人為淘汰(人為選択)』と呼びます。



この豚の話は、人為淘汰のほんの一例に過ぎません。
ヒトが動物の情動と身体のしくみに淘汰圧をかけた一番の例は"犬"でしょう。



ヒトと犬の関係は、人なつっこいオオカミに餌を与え、飼い慣らしたことから始まったと言われています。


あなたがオオカミを飼い慣らすことをイメージしてみて下さい。

おそらく、ヒトを襲うことがないような、おとなしい個体を選択するでしょう。

そして、躾(しつけ)のしやすい個体を選ぶでしょう。

さらに、大人のオオカミよりも小さく、かわいらしい個体を好むのではないでしょうか?


まさにヒトは、そのように選択し、淘汰圧をかけてきました。


犬の特徴である、耳が垂れ、鼻がずんぐりしているところは、オオカミの赤ちゃんにとても似ています。
身体的にも遺伝子的にも、犬はオオカミの幼獣と言えるのです。


ヒトはオオカミを幼形成熟化させ、"犬"へと進化させてきたのです。



さらにヒトは、犬の品種改良を止めどなく進めます。
その犬種の一番目立つ特徴を強調させるように。



例えば、コリーは二十世紀初頭、もっと広い頭部を持っていました。

今ではコリーの顔はとても細く、脳が入るスペースは狭まり、知能が大幅に低下したと言われています。



また、ラブラドールの特徴は、
おとなしく、盲導犬になれるほど利口なところでしょう。

ここでいう"利口"は、"躾がしやすい"ということを意味しています。


なぜラブラドールは躾がしやすいのでしょうか?


躾を最も効果的に行うには、報酬と罰をうまく利用することにあります。

犬への報酬といえば"餌"でしょう。そして餌をもらえないことは罰となる。

ラブラドールは異常な食欲で知られる犬種ですが、
つまりそれだけ報酬も罰も効果的に働くきやすくなるのです。

麻薬常習者がどんなことをしてでも麻薬を手に入れようとするのと同じように、
大きな快感(餌をもらう)を得るために、なんだってやってのけるのです。
(一度、条件付けて覚えさせたことは、報酬がなくてもするようになる)


もちろんそれだけではないのでしょうが、
躾のしやすい犬を選択していった結果、異常なほど旺盛な食欲を持つことになったのだと思われます。


また、ラブラドールには"噛み癖"を持つものが多いようですが、それも旺盛な食欲と関係しているのかもしれません。



それから雑種について。

雑種の方が健康で賢いという科学的データがありますが、これも人為淘汰で説明がつきます。

血統書付きの犬は、「純血」で「高価」ということから、
多少健康に問題があったり、知能が低くても、比較的大切に育てられる傾向にあります。
(高い値段で買ったものは、さほど必要でなくとも安易に捨てられない。というのと似た心理が働く)


しかし、雑種ではそうはいきません。

何かしら問題があれば、殺処分されます。
また、殺されないまでも、その個体を交配させることなどないでしょう。


つまり、それだけ強い淘汰圧がかかっているので、遺伝子的に優れた個体が残りやすくなるのです。



「雑種はバカだ」という意見もあるようですが、
雑種だと、はなから適切な躾がなされない傾向にあるのです。

そこらへんを考慮し、同じトレーニングを同じ環境で行えば、雑種の方が優れているでしょう。



一般的には、雑種を下に見る傾向があるようですが、健康と賢さは雑種の方が上です。

一方、美しい毛並みなどの容姿で比較すれば、それに特化させた種犬の方が上でしょう。

とはいえ、いずれにしろ、ヒトが勝手に様々な淘汰圧をかけて、勝手な基準で優劣を決めているだけです。

人間視点から離れ、偏見を捨てて生命を眺めてみると、
雑種犬でも、小汚い野良猫でも、ゴミをあさるカラスでも、また違った印象を受けるかもしれません。



つづき→焼身自殺するために生まれてきた?



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日本の人口統計を見ると、男性の方がたくさん生まれていることが分かります。
そして、男性の方が死亡率が高いことも見てとれる。

これは世界的にもそうなのです。


今回はそのことについて考察していきます。


まず、男性がたくさん生まれる理由ですが、これは精子の重量が関係していると言われています。

以前、『遺伝のしくみにて説明したように、
卵子は必ずXの性染色体を持っています。
そして、X染色体を持つ精子(女)、Y染色体を持つ精子(男)のどちらと受精するかで性が決まるため、性の決定は精子に委ねられているのです。

そして、図↓で示したように、Y染色体は、X染色体よりもとても短いという特徴があります。
$ヒトを科学する-男性染色体


つまり、その分だけ軽いということ。


その軽さにより、Y染色体を持つ精子の方がややスピードが速く、僅かながら男性の方が生まれる確率が高いのです。

その比率は、女性:男性=約1:1.04となります。



では、なぜ男性の方が死亡率が高いのか?

その答えも、やはり遺伝子にあります。



まず、女性の性染色体は、XXで対になり、他の染色体と同様に同量の遺伝子を持ち合わせています。

そのため、もし、一方の遺伝子座に、劣性致死遺伝子や劣性半致死遺伝子などを持っていたとしても、
もう一方が正常な優性遺伝子であれば、優性の法則により致死遺伝子の表現型は発現せずにすみます。


しかし、男性ではそうもいかないのです。


性染色体はXY。とても短いY染色体は、X染色体上にある多くの遺伝子座を失っているため、X染色体上にある劣性致死遺伝子などが発現しやすくなってしまうのです。

男児の弱さは、そこに原因があると言われています。

そうして、成人になる男女比はほぼ1:1になっているわけです。
(ちなみに、医療の発達した現在の日本では、男児の死亡率は激減し、男性の方が増えてきています)


とても納得のいく理論です。


とはいえ、これだけでは説明しきれないほど、男性の死亡率は高く、寿命も短いのが事実です。

その原因はおそらく男女間のパーソナリティーの違いにあるのでしょう。

男性の方が、外向性が高く、神経質傾向が低い傾向にある。
その為、危険な行動をたくさんする。

しかも調和性の低さがストレスを解消する妨げになりやすく、自殺者も多かったりする。
(パーソナリティーと自殺の関係については、後々詳しく論じていきます)


かくして、「男はたくさん生まれやすく死亡率は高い」ということになるようです。

外向性の高い男性の皆さん、むちゃし過ぎないよう気をつけましょう。



さて次回は、もっと進化の科学っぽい話題で、身近な生き物の話題、"犬"について論じていきます。



つづき→ヒトはいかにしてオオカミを犬に進化させたのか?



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普段使われる血液型は、赤血球の抗原抗体反応で調べるABO式ですが、
血液の分け方は、それだけではありません。


その中の一つが、白血球のHLA型というものです。


HLA型の因子の種類は100種類以上もあります。

ヒトが持っているHLA型は、父親から3つ、母親から3つ受け継いだ計6つですが、
100種以上の中からの6つの組み合わせですから、自分と同じHLA型を持つ人は、かなり少ないということです。

でも、親とは少なくとも3つずつ合致している。

つまりこれを調べれば、近親者や遺伝的類似者を見つけ出す手がかりになるのです。

前回説明したように、近親者(または近親でなくとも、似たような遺伝子を持つ個体)と交配することは、リスクが大きくなってしまいます。

そのため、そういった遺伝的な類似者は避けた方がよいわけです。



では、動物はどうやってそれを見分けているのでしょう?



答えは"匂い"です。



動物には、遺伝的類似者を匂いでかぎ分ける能力が備わっていると言われています。
(マウスでは実験的に確認されている)

ヒトにおいても、嗅覚は最も優れた感覚と言われており、
視覚、聴覚、味覚なんかよりも、多くの受容器が存在し、嗅覚に関わる遺伝情報は、他の感覚よりも桁違いに多いのです。


そしてヒトの女性にも、このHLA型が自分と似ている男性なのかどうかを"匂い"で判別する能力があることが、科学論文にて発表されました。


その論文によると、
なんと、自分と同じHLA型を持っていればいるほど、
その男性の匂いを「臭い!」と不快に感じるのだそうです。

つまり、6種全部違うHLAを持つ男性の匂いは、臭いとは感じず、
同じHLAの数が多ければ多いほど、その男性は臭い!と感じます。

これは、体臭の強弱とは無関係であり、
「生理的に受け付けない」という感覚に近いものです。


ということは、
少なくとも3つ同じHLAを持つお父さんの匂いは「臭い!」と感じてしまう傾向にあります。

そして女性がその匂いを探知できるようになるのが、思春期以降。

思春期を迎えた娘に、
「お父さん臭い!近寄らないで!キモい!」
と言って嫌われるのには、立派な根拠があったわけですね。

注)ちなみに、父親が娘に嫌われるもっと大きな原因となるのは、母親による父親への軽蔑心や不信感であり、それが娘に伝染していくというものです。


ちなみにこの能力は女性しか持っておらず、男性にはこの能力がありません。

その理由は、実際にお腹を痛め、妊娠出産子育てに大きく関わるのが女性だからだと考えられます。
これも、進化の過程で培ってきた適応なのでしょう。

うまくできてますね。



さて次回は、また遺伝子の話。
男児が多く生まれる理由と、男児の方が病弱な傾向にある理由について考察していきます。



つづき→男がたくさん生まれるわけ



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