第二の人生のススメ 4 | お気楽ごくらく日記

お気楽ごくらく日記

白泉社の花とゆめ誌上において連載されている『スキップ・ビート』にハマったアラフォー女が、思いつくままに駄文を書き綴っています。



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「ねぇ、尚。今日の事、本当によかったの?」

尚と呼ばれた男は、不破松太郎だった。
松太郎は自分の名前と環境が子供の頃から嫌で嫌でたまらなかった。
特に自分の名前が大嫌いで裁判所で改名の手続きを取ろうとしたが、如何にもな所謂キラキラネームでもなく、ましてや松太郎の人生を左右するような変な名前ではないため、それは受け付けてもらえなかったのだ。
そこで松太郎が取った手段は、親しい友人・知人には”尚”を通り名として呼んでもらう事にしたのだ。

また、実家が旅館を経営しているのも気に入らなかった。
家が裕福で、自分が欲しいと言えば何でも買ってもらえたのだけが唯一の救いである。
バイトすらした事のない松太郎に、それについて両親が特に苦言を呈した事はなかった。
それは松太郎が跡取りで、後々家業を継ぐだろうと両親が考えていたのは火を見るより明らかだった。

けれど、両親を見ていれば分かる。旅館と言う所は、女が表舞台に立ち男が裏方を担う立場である。
生まれながらに目立ちたがり屋の松太郎にとって、これほど耐え難い将来はない。
自分が表舞台に立てるのなら、両親の意向を汲んでやってもいいと考えていたのだが、両親はどう見たって松太郎よりもキョーコに旅館業を切り盛りして欲しいと考えてるようだった。

そして、何よりキョーコが重くて仕方がないのだ。
家庭環境のせいで、子供の頃からキョーコは頻繁に松太郎の家に預けられていた。
松太郎の両親はキョーコの事を歓迎していたが、それでも赤の他人の家に寝泊まりする事に、幼い頃からキョーコはずいぶんと気遣っていたのだろう。

最初の頃は、親と一緒に暮らせないキョーコを可哀想だと松太郎も思っていた。
いつの頃だろうか。その可哀想なキョーコが鬱陶しく重く感じるようになったのは。
なるべく松太郎の両親の気に入るようにとあれこれと気遣っているキョーコを不憫に感じた事もあった。
けれど、おそらく無意識にだろうが、居候先の息子だからと松太郎の世話をあれやこれやと焼くキョーコの事を鬱陶しく思いはじめた。

その反面、そんなキョーコの事を利用してやろうと咄嗟に計算が働いたのも事実だ。
子供の頃から成績が優秀なキョーコに、松太郎はキョーコが嫌だと言えない事を承知の上で、わざと学校の宿題を押し付けたりしたものである。
それでもキョーコは文句ひとつ言わなかった。

家事が子供の頃から得意で、中学生に上がった頃からキョーコは家業で忙しい松太郎の母親に代わって、松太郎の分までお弁当まで作ったのだ。

けれど、男女交際の派手だった松太郎にとって、わざわざキョーコに弁当を作ってもらわなくても、当時付き合っていた彼女たちに頼めば幾らでも作ってもらえた。

味はキョーコの作った物より数段落ちはしたが。

「いいんだよ。まだ24歳だっつーのに、人生決められてたまったもんじゃねぇからな。
しかも相手は地味で色気も何ねぇキョーコだぜ。あんなつまんねぇ女なんかと結婚するなんて真っ平ごめんだね。
結婚するんだったら、祥子さんみたいな色気があって、出る所が出てる女でないとな。」

「尚、言い過ぎよ。」

嗜めるような言葉を口にしてるが、祥子自身そう思っていないようでくすくす笑っている。

「それより、祥子さんの方こそ大丈夫なのかよ。」

「大丈夫よ。会社の方には、彼女があなたのス×ーカーでしつこく付き纏っているから、一度結婚式の真似事でもさせてやれば気が済むんじゃないかしらって、上司や同僚たちに話したら納得してもらえたもの。」

「祥子さん、あくどすぎ。」

「あなたもたいがいでしょう?」

松太郎と祥子は顔を見合わせると、どちらともなくくすくす笑い出した。

「腹いっぱいになったし、これから運動しようぜ。」

「こんな昼間から?」

「だからだよ。明日は仕事だろう祥子さん。」

二人はレジに向かった。

「思ったより早々に尻尾が掴めたな。」

松太郎と祥子が座っていたテーブル真後ろに座っていたセバスチャンは、ICレコーダーを止めると、さらに証拠を掴むべく二人を追って店を出た。

《つづく》