ピピピピピ
機械的な音がその広い部屋に響き渡った。
「キョーコ、見せて。」
赤い顔のキョーコが頷いてノロノロと脇に挟んでいた体温計を蓮に差し出すと、蓮は顔を顰めた。
「38度5分か。今日の仕事はキャンセルした方がいい。雨に濡れるシーンもあることだし。」
そう言って、連絡を取ろうと蓮が自分の携帯を取り上げようとしたのだが、それはキョーコ本人に止められた。
「大丈夫です。薬を飲んだら、熱も下がりますし。それに今日の撮影は、私一人のせいで中止になんて出来ませんから。今日の撮影現場は、今日しか使えないんでしょ?」
いつぞやのやり取りの再現である。もっとも、あの時は蓮が高熱を出していたのだが・・・
「でも・・・・」
言いよどむ蓮に視線を合わせると、キョーコははっきりと言った。
「これぐらいで仕事を休んだとあっては、私のプライドが許せないんです。」
蓮以上に仕事にはプライド意識が高いキョーコに、蓮は根負けしてしまった。
「分かった。けど、休める時はなるべく休んでるんだよ?いいね?」
キョーコがしっかり頷いたのを確認すると、蓮は不安な色を残しつつも携帯を手放した。
蓮よりもた体調管理には厳しく細心の注意を払っているキョーコが体調を崩したのには、ここ数日の気候のせいである。
暑かったり涼しかったりして体調を崩す人間がこの業界でもチラホラいたのだが、その魔の手(?)がキョーコにも及んだのだ。
幸いなことに今日は、蓮と一緒の撮影現場が何ヶ所か重なる。その時になるべく休ませるかと蓮は算段を立てた。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
「・・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・!」
蓮と社が、スタジを歩いていると、聞き慣れた二人の声が聞こえてきた。
一人はキョーコで、もう一人は蓮の天敵・不破尚である。
「キョーコのくせに、何生意気言ってるんだよ!!」
「だ・か・ら!!そこを通しなさいよ!!撮影に遅れるでしょ!!」
そこに第三者の声が割り込んだ。
「き・・・・・最上さん、そんなとこで何をしてるの?体調が悪いんだから休憩時間には休んでなきゃダメじゃないか。」
「く・・・敦賀さん?」
「ああ、ほら、さっきよりも熱が上がってる。」
そう言って、キョーコの額に置いた手を外すと、蓮はキョーコを横抱きにすると、
「医務室に行くよ。」
「え?でも・・・・」
キョーコににっこり笑いかけると、蓮は続けた。
「大丈夫。監督には話を通してあるから。君の番はなるべく後に回してもらったからね。それまでゆっくり休むと良い。」
それから、蓮はショータローに冷ややかな視線を向けた。
「君は、好きな女の子の体調が悪いことにも気付けないのか?」
蓮の底冷えする視線に射抜かれたショータローは、立ちどころに固まってしまった。
そんなショータローを無視し、社に向かって、
「後は頼みます。」
「おう、任しとけ!!後で何か喉越しの良い物を買って持って行くよ。」
蓮は社に頭を下げて、医務室のある方向に足を向けた。
社は蓮に頷くと、祥子に向き直った。
「今回のことは、不破君共々、あなたのことも御社に抗議させて頂きます。」
「なっ!!抗議って、私が何を!!」
祥子のその言葉に社は蓮以上の冷ややかな視線を浴びせかけた。
その視線に耐えかねて、祥子はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「何もしなかったからですよ。京子の調子が悪いことぐらい、分からなかったとは言わせませんよ?あれだけ顔色が悪かったんですから。」
確かに二人がキョーコと鉢合わせた時、キョーコがどこか調子が良くないかもと祥子が感じたのは事実である。
「事務所が違うとはいえ、調子の悪い彼女に不破君が、いつもの様に絡み始めた時それを止めもしないで、傍観していたあなたは、不破くん以上に質が悪すぎる。
普通、調子の悪い相手に、自分の担当の者が絡んだりしたら、それを止めるのもマネの仕事だと思いますが?」
「・・・・・・・・・・・・」
社の糾弾に、祥子は顔を青ざめさせた。
棒立ちになっているショータローと祥子をその場に残したまま、社は手袋を嵌めて、どこかに電話をしだした。
調子の悪いキョーコに気付かずにからみ続けた。
ショータローと祥子にしては、たったこれだけという意識しかなかった。
結局、二人はLMEに睨まれた挙句、日本での活動が出来なくなったばかりか、密かに目論んでいた世界進出も水の泡と消えたのである。
《おわり》
今月の5日で、めでたくも3周年目に突入しました。当ブログ。
カメよりさらに遅いカメ更新ですが、ここまで来れたのもひとえに、ウチのような秘境の地に足を運んで下さる皆様のおかげです。
誠にありがとうございます
そこで、感謝の意を込めてこちらをフリーとさせて頂きます。
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