リーマン・ショック後のEUの景気・雇用情勢について 3/5 | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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リーマン・ショック後のEUの景気・雇用情勢について
-景気は緩やかに回復、ギリシャ危機で先行き不透明-

(田中 友義 駿河台大学経済学部 教授 兼 財団法人 国際貿易投資研究所 客員研究員)


第3節 景気対策

1.史上最低の政策金利

 リーマン・ショック以来、政策金利は史上最低水準で推移している。

 金融市場の急激な動揺に対応したユーロ圏諸国と英国、米国、スイスとの政策協調の下で、ECBは2008年10月8日、金利を4.25%から3.75%へ引き下げた。

 英国イングランド銀行の政策金利も、2008年10月から6カ月連続して引き下げられて0.5%と、1694年の同行設立以来の史上最低の水準である。さらに、2009年10月8日のイングランド銀行金融政策委員会は政策金利を過去最低水準である現行の0.5%に据え置くと発表した。

 ECBは2009年11月、ユーロ圏16カ国の政策金利を年1.0%で据え置くことを決定、据え置き期間は6カ月連続となった。その後、ギリシャ危機にもかかわらず、政策金利水準は変わらないままである。EUの景気が下押しされ、実体経済の足を引っ張りかねいない可能性があるため、金利引き上げのタイミングの見極めには、慎重にならざるを得ない。


2.相次ぐ景気支援策

 欧州理事会(EU首脳会議)は、世界的な金融危機がEUの実体経済に深刻な影響し始めた情勢を受けて、2008年12月、2,000億ユーロ(GDPの1.5%相当)にのぼる「欧州経済回復計画」(European Economic Recovery Plan)を決定した。この計画は、EUレベル(300億ユーロ、地球温暖化対策、省エネ分野に重点的に配分)と各国レベル(1,700億ユーロ、失業手当延長、インフラへの公共支出拡大、政府保証・融資助成、社会保障負担の軽減、所得税・付加価値税軽減など)で実施するというものであった。また、ドイツ、フランス、英国などEU加盟国も国別レベルでそろって大型の財政出動に動き出した。

 経済情勢や雇用の悪化をにらみ、フランス、イタリア、スペインなどが国内での生産・雇用維持を条件とする自動車産業の支援策を相次ぎ導入し、事実、自動車の国内外での販売高が著しく増えて、景気を下支えする効果があった。

 しかし、その一方で自国産業の保護に傾くフランス、イタリアなどに対してスウェーデンやチェコなどの中・東欧諸国が反発を強めたことから、欧州委員会も過度の企業支援に対する規制や公正な市場競争を定めたEU法令に抵触する可能性があると懸念を強めている。


第4節 雇用情勢と雇用対策

1.高い失業率と社会不安

 リーマン・ショックによる景気先行き悪化する懸念から、企業の一時帰休や解雇などの人員削減や新規雇用の抑制などによって、失業率も悪化の傾向を強めていたが、時短勤務の導入や政府による企業支援の拡充の結果、失業率の悪化はある程度食い止められている。

 それでもユーロ圏の失業率は2桁台に上昇して、1998年第3四半期以来の高失業率となった(EUにとっては2003年第4四半期以来の最高水準)(図3)

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 EU全体の失業率は2010年3月9.6%(ユーロ圏10.0%)、失業者数2,313万人(ユーロ圏1,581万人)、特に、25歳未満の若年労働者の失業率が2010年3月時点で20.6%(ユーロ圏19.9%)と高い。

 欧州委員会が発表した2010年春季経済見通しによると、EUの失業率は、2010年9.8%(同10.3%)、2011年9.7%(同10.4%)と、高い水準で推移する模様である。

 英国、スペイン、ギリシャ、フランス、ドイツ、ブルガリア、ラトビア、リトアニアなどで反政府デモ、ストライキや暴動などの社会不安が高まっており、鎮静化する見通しは立てにくい。というのも、EU各国とも大きな財政赤字を抱えている状況下で、今後は一段と厳しい財政赤字削減策に取り組まねばならないわけであるが、公務員数の削減や新規採用の凍結などが含まれることになると、雇用市場に大きな影響が出てくる。

 最近では、2010年5月に財政危機に陥ったギリシャ政府は、大規模な財政再建策を決定したが、全労働人口の25%を占める100万人の公務員の3年間の昇給や新規採用の凍結、年金受給年齢の引き上げや支給額の削減などが含まれ、これに抗議するデモが国内全土に広がっており、治まりをみせていない。

 このような雇用情勢の悪化を背景にその他の国でも大衆迎合のポピュリズム政党や極右思想が台頭する兆しがみられ、金融危機、経済危機が社会の安定を脅かす懸念も出ている。


2.景気対策から雇用対策へ

 EUは2008年12月、「欧州経済回復計画」の中で18億ユーロの雇用支援(欧州社会基金〔ESF〕による職業訓練への助成など)を決定したが、景気回復の兆しがみられる中で、EUは経済政策の軸足を景気対策から雇用対策に移行しつつある。

 欧州委員会は2009年6月、「雇用のための共同の取り組み」を取りまとめ、加盟国の雇用対策に対する190億ユーロのESF支援策(操短などによる雇用の維持・創出、職業訓練、雇用機会へのアクセスの改善など)を発表した。欧州各国にとって雇用の維持は重要な政策課題であることには変わりはない。ドイツ、フランス、英国なども追加景気策では雇用対策が中心となっている。

 ただ、多くのEU諸国が漸くにして景気が上向きに転じたものの、欧州委員会の経済見通しの通り、経済成長が今年、来年と1.0%台の低率にとどまる見込みで、失業率も高止まりすることとなろう。

 他方、ギリシャと同様に、EUは全体的にも大きな財政赤字を抱えており、今年から2012年にかけて各国がそろって緊縮財政を履行するとすれば、景気支援策の縮小、さらに公共投資の圧縮や公的部門の人員整理などへと進むことになることから、景気低迷が長引く恐れがある。そこで、景気支援策の継続を優先するのか、それとも財政再建を優先するのか、厳しい選択に迫られる。