第百十六話「罪に濡れるふたり(その25)」




真っ暗になった部屋も仄(ほの)かな月明かりで、部屋の中にあるものの所在が分かるようになった。

しかし、ドアを開けて廊下に出ると、また部屋の中とは違って、窓ガラスのない場所は漆黒の闇そのものだった。

目が慣れるまで、私は壁を伝いながら恐る恐る正臣の部屋へと向かう。

誰もいない屋敷だと知らされ、私にとっては都合のいい反面、こんなにも心細いものだとは思ってもみなかった。

でも、今止まる訳にはいかない…

私は心細さを振り払って、今、成すべきこともう一度、頭の中で思い描いてみる。

正臣が私にだけ見せてくれた黒革の日記帳が、再び脳裏に刻まれたのだった。


正臣の部屋の前に着いた時には、もう暗闇に目が慣れて、目を閉じたままでも、正臣の部屋の間取りや物が並んでいる様がハッキリと思い出せた。

正臣の机の引き出しまで、私の歩幅で約八歩…

そう頭の中で繰り返しながら、私は正臣の部屋のドアを開けた。

ドアを開けた瞬間、視覚を暗闇に妨げられているせいか、昼間よりもより正臣の匂いが私の鼻をくすぐった。

まるで、正臣に包まれているようで、心細さは自然と払拭されていったのだった。

私が思っていた通り、少し大きめの歩幅で八歩目を出した時、足先に正臣の机の脚がコツンと当たった。

机を確かめて、指先に神経を集中させながら、三番目の引き出しを探し当てた。

引き出しを開けて、更に神経を集中させて並べられたノートの感触を確かめる。

あの時、触れた革の感触を思い出しているのだが、私の指先には一向に触れてくれない。

もしやと思い、もう一段上の引き出しも開けてみたが、そこにも革らしき感触のものを探し当てることは出来なかった。


「…確かに…ここから正臣は取り出してきたのよね…」


私は心の中で呟くはずの言葉を、つい口に出しながら、もう一度同じ作業を試みようとした。

その時だった…


「…探してるのって…コレのこと?」


暗闇の中から、私の背中が凍りついてしまいそうなほどの冷たい声が、背後から聞こえてくる。

その声が健吾の声だと分かるのに、そう時間は掛からなかった。


「菜々子の昼間の態度がさ、何だかおかしいと思ってたんだよ。…もしやと思って来てみたら、案の定…」


私の目にはまだ、健吾の姿は確認出来ていない。

ただ、人の気配は感じられて、その気配がどんどん私の方へと近付いて来るのは分かった。


「健吾さん…私、ここに忘れ物をしてしまったみたいで…それで…思い出して」


私は近付いて来る健吾の気配に必死で言い訳をしながら、開いた引き出しを慌てて元へ戻したりしようとしていた。

何故、この時に逃げ出してしまわなかったのだろう…

ほんのちょっと、冷静になれていたら、考えついた筈なのに…


「いったいさぁ…お前ら、何隠してるんだよ!!」


健吾の怒鳴り声が離れた場所から耳に響いたと思った瞬間、私の目の前に健吾が姿を現した。


「きゃっ………」


物凄い形相の健吾を見て、叫び声をあげた私の声は、健吾の手のひらに吸い込まれていった――





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第百十五話 「罪に濡れるふたり(その24)」







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