第五十一話「許されざる姉弟愛」




それから数日後…

原因不明の高熱もすっかり引いて、私は食事が摂れるまでに回復した。

だが、原因が不明なだけに、流行病(はやりやまい)の可能性もあるとの医者の指摘に、私の部屋には限られた者だけしか出入りを許されなかった。

もちろん、正臣は鷹司家の跡取りという理由で、あの日以来、私の部屋の出入りは父によって禁じられた。

しかし、正臣は父の目を盗んでは、妙(たえ)の代わりに食事を私の部屋に運んで来てくれた。


「正臣ったら…こんなこと、お父様に知れたら、大変なことになるわよ」


正臣が私の部屋に顔を出す度に、私は口が酸っぱくなるほど言い続けたが、本心では正臣が来てくれるのを心待ちにしていた。

妙も正臣の熱心なお願いに、心動かされたのだろう…

もしかすると、私が正臣の顔を見るのを心待ちにしていることに、妙は気付いていたのかも知れない…

妙はこの正臣の行動を咎(とが)めることなく、私達が顔を合わせることを黙認してくれていた。



そして、更に一週間が経って、ようやく私はこの病から解放された。

医者からも流行病の可能性はないとの診断を受けることが出来たのだった。


「きっと…正臣さまが毎日、食事を運んで下さったお陰ですね。菜々子お嬢さまがお元気になられたのは…流行病ではないとの先生の診断も下りましたし、今日からは皆さんと一緒にお食事が出来ますよ!」


医者からの診断も出て安堵したのか、妙はいつになく弾んだ声をしていた。

自分の部屋の中だけしか過ごせなかった日々を思えば、病から解放されたことは嬉しいことではあったが、何故か、私は心の底から喜ぶことが出来なかった。

ほんの僅かな時間とは言え、食事を運んできてくれた正臣との時間が、私にはとても安らいで幸せだと感じる時間に思えたからだった。


「お嬢さま?せっかくご病気が良くなったんですから、もっと嬉しそうな顔をされてくださいませ」


妙にそう言われて、私は慌てて笑顔を作る。

無理に作った笑顔がこんなにも苦しいものだと、改めて感じながら、それでも妙が心配しないようにと笑って見せる。

それは、正臣も同じだったようで、この二人の時間が終わってしまうことに寂しさの入り混じった表情を浮かべていた。


「お二人とも…そんな寂しい顔、なさらないでください。この一週間で、お二人の姉弟愛をしっかり感じさせて頂きました。妙は嬉しゅうございますよ。ようやく、お二人が仲睦まじいご姉弟になられて…」


「…妙?」


妙はそう言いながら顔を両手で覆い、涙声になった。


「…妙は本当に嬉しゅうございますよ…お二人が本当の姉弟になられて…」


妙の言葉に、私の胸がズキンと鈍い音をたてた…

それは、私の心を見透かした妙が、止まらない私の想いにブレーキを掛けようと、発した言葉のように思えてならなかった。


「嫌だわ、妙ったら…正臣はこの世に一人しかいない私の弟なんですもの。仲良くして当然じゃない」


私は妙の目を見つめながらそう答えた。

違和感を抱いた私の想いを打ち消すように、私は毅然とした態度でそう答えた…

しかし、芽生えた想いはそう簡単に消えてはくれないことを、この時の私はまだ、知る由もなかった――





第五十二話 「許されざる姉弟愛(その2)」へ


第五十話 「想い(その20)」







「凍える手・栞のページ」はこちらから♪




にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村