第五十話「想い(その20)」




私の意識がハッキリしたのは、次の日の夕方だった。

目を開けると、そこには心配そうな顔をした正臣の姿があった。


「菜々子姉さん、分かる?」


正臣の声に私は小さく頷くと、無意識のうちに、私の手は正臣の腕をしっかりと捕まえていた。


「…姉さん…?」


私は正臣の腕に指を這わせ、指先の感覚で正臣の手のひらを探す。


「正臣の手のひら…ひんやりしてる…」


熱が引いたとは言え、数日間の高熱の名残が体の隅々に残っていて、ついひんやりとした感触を体が欲してしまう。

正臣の手が冷たいことを知っている私は、躊躇することなく正臣の手のひらに自分の手のひらを重ねていた。


「…まだ、熱が残ってるんだね。姉さんの手、少し…熱いね…」


私に突然、手を握られた正臣は、不意打ちを食らって驚いたのか、正臣の手から微かに震えが伝わってきた…


「…ごめんね、驚かせて…」


私は正臣の震えを感じた瞬間、重ねた手のひらから力を抜くと、正臣の手から離れようとした。


「いいよ、このままで…」


正臣の声とともに、離れようとした私の手が、正臣の冷たい手にギュッと包まれた。


「…正臣…」


「…姉さんと手を繋ぐなんて、何時ぐらい振りかと思ったら…ちょっと恥ずかしくなっちゃって。可笑しいよね、姉弟なのに…」


「ううん…正臣は遠慮してたものね。自分の手が冷たいこと、ここに来た時から気にしてたでしょ?気にさせてしまってた私が…ダメな姉さんなんだけど」


私の言葉に正臣がクスッと笑いを漏らした後、微妙な顔つきになった。

そして、何かを思い出したような目で、私の顔を覗き込んでくる。


「姉さん、俺の手に触れると、いつも驚いた顔してたっけ…あの時の顔は、未だに忘れられない…」


「…ごめん…ね」


あの頃を思い出している正臣の顔が一瞬、辛そうに見えて、幼かった正臣の手を握ろうとしなかった自分を思い出した。

あの時、突然現れた正臣が、とても父に愛されているように見えて、何だか羨ましくて…意地悪な気持ちになった自分を思い出していた。


「ううん…姉さんが悪い訳じゃないよ。俺も姉さんに触れられなかった…姉さんに触れたら、嫌われてしまいそうだったから。だから、姉さんに触れようとしなかったんだ…嫌われたくなくて」


正臣の呟きに、私は正臣の手をギュッと握り返した。


「正臣を…嫌いになる訳…ないでしょ?」


私は正臣の顔を見つめながら、心にある想いを溢れさすように微笑んでみせる。

その私の笑みに応えるように、正臣の顔にも安心したように笑みが零れた。

徐々に距離を近づけてきた二人だったが、胸の奥に残っていたわだかまりを初めて口に出来たような気がした。


「…不思議だね…こういう気持ちが、姉弟愛って言うのかな…」


「え?」


「姉さん見てると、嬉しくなったり…時々、ギュって胸が痛くなったり…姉弟ってこんな気持ちになるんだね」


正臣が無邪気な顔でそう言葉を発した時、私の心の中は複雑な気持ちになった。

姉弟愛…

正臣と同じような気持ちを抱えた私の胸に、少しだけ違和感のある想いが走ったのだった――





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第四十九話 「想い(その19)」







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