上津バイパスグランプリ | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り

※上津バイパス…国道209号線と3号線を東西に繋ぐ片側2車線道路。ロードサイドにスタバ、TSUTAYA、安売王ルミエール、ベスト電器、ABCマート、UNIQLO等、久留米市民の消費意欲を刺激してやまない魅力的、蠱惑的な店舗が軒を連ねる。


信号が赤に変わる。


左右のブレーキレバーにかけた両手の人差し指と中指をほぼ同時に内側に曲げる。キュッ、という小気味良い高音が鳴って、俺の愛車、赤い彗星は止まる。昨夜、それまでより更に高く上へ伸ばしたサドルから尻を前方へずらし、フレームを跨ぐ姿勢で片足をオレンジ色に塗られた路面に下ろす。桐島ローランドをイメージして短く刈り込んだ髪、フレームが逆向きにデザインされたアヴァンギャルドなサングラスでクールガイを決め込んだ俺に、燦々と陽が射している。まとわりつく湿気を切り裂いてきた額にはうっすら汗が浮かんでいる。


と、右前方にするり、一台のマシンが止まるのを俺は視界に捉える。重厚そうなグレイ、前カゴ付きの鉄製マシンだ。つまり、ママチャリだ。ライダーは俺に向かって鋭い一瞥を投げる。上下揃いの紺色の服装に肩掛け鞄、雪見だいふくを思わせる白い肌に肩までの黒髪ストレート、それになんとも目つきの悪い女子高生だった。信号が青に変わるのを待たず、フライング気味に立ち漕ぎで彼女は飛び出す。


さあ、上津バイパスグランプリの開演だ。


信号が青を表示するのを見届け、左右の安全を目視で十分に確認した後、俺はペダルを蹴り出す。足を数回踏み抜けば、もう一気に追いついてしまう。前を走るママチャリの尻にぴたりと張り付く。決して女子高生の尻の芳香を嗅ごうと躍起になっている変態男性では無い。


スリップストリーム–


整流効果で作り出された真空地帯にポジションを取った俺は、そのまま物理法則に身を任せ、鮮やかなオーバーテイクを決めて見せた。


(あばよ)


俺の締まったプリ尻を目に焼き付けておくんだな少女、今晩のオカズにしたまえ、君は二度と俺に追いつけない、赤い彗星は忽ち小さな点になって消えるのさ、俺は余裕だった。上津バイパスグランプリの行方は既に決定したかに思われた。俺の独走で幕を閉じる、筈だった。その時までは。


颯爽とバイパスを駆け抜ける俺、唐突に、ガクンと視界が下がった。景色が一変した。地球の中心まで太い縄で力尽く手繰り寄せられたような感覚だった。俺がニュートンだったら、この時、万有引力の法則を発見していたことだろう。とても強い重力だった。路面の窪みに一瞬後輪が嵌まってしまったらしい。その衝撃でパンクしたのだろうか。若しくは高速の負荷にタイアが耐え切れずバーストしたか。俺は確認のため、すぐ横にあった駐車場に慌ててピットインした。そして気付いた。


(…サドルが極限まで下がっている)


どうやら昨夜サドルの高さを調節した際、止め具の締め付けが緩かったようだ。路面の凹凸を乗り越えるショックにより、サドルは下がり、且つ俺の視界も下がったのだ。サドルをくるくる回し始めた俺を尻目に、ママチャリ女子高生が悠然と抜き返していく。遠ざかる背中を俺はただぼうっと眺めていた。上津バイパスグランプリに俺は敗北を喫したのだ。完敗だった。



憔悴し脱力しきった俺が立ち尽くしていたのは「大砲ラーメン 上津店」の駐車場だった…。



ジャズが流れ、全体に木の質感を活かした店内で、俺は「粋ラーメン」460円を頼んだ。至って無益、無意味で野暮天な競争心を捨て、これからは粋でナイスなガイを目指そうと目論んでの注文である。



スープ、麺、葱、海苔と四つの要素で構成された潔いシンプルなルックスのラーメンだ。泡立ったスープ表面から顔を覗かせた中細ストレート麺が美しい。


器の下に銀色のトレイが敷かれていて、日本酒が溢れてこぼれた受け皿みたいに、豚骨スープ注がれていた。ソー・クール。粋である。


柔らかめに茹でられた麺に、ちょっぴり臭いけど食べたらそうでもないマイルドで旨味と甘味を感じる豚骨スープを堪能する。でも、すぐに味に飽きて、胡椒、紅ショウガ、赤ニンニク、胡麻と卓上にある薬味類を次々に投入する。これは余り粋では無い気がする。最後に両手で器を持ち上げ、底にざらついた骨粉が沈殿するスープを流し込む。


(ウワッ、きたねえ)


粋に注がれた豚骨スープが器の下を浸していた事を、すっかり失念していた。指先から豚骨臭、べとべとになってしまった両手をジーパンの大腿部でゴシゴシと擦った。敗北の無粋人。熱い涙が一筋、頬を伝っていった。


昇和亭ラーメン / 久留米高校前駅荒木駅試験場前駅
昼総合点★★★★ 4.0