嵐山光三郎の『ごはん通』 | 北海道発・生活問題を考えるブログ

嵐山光三郎の『ごはん通』

98回(2015年7月1日号)嵐山光三郎の『ごはん通』

 

 本書は、ごはんに関することを歴史的視点で語り、文化的要素を取り入れ、調理方法まで紹介するというごはん全般に関わる読み物です。

 

  アカデミックな面もあり、おふざけ調のところも感じられ、気楽に読もうと思えば寝転がって読めるし、深く知りたいと思えば、その糸口を示してくれる。そんな不思議な本です。

 

  何といってもおもしろいのは、本山萩舟(もとやま・てきしゅう)の『飲食事典』とコラボしているところ。それゆえに今回ここに取り上げようと考えた次第です。

 

  『飲食事典』は195812月に平凡社から出版された、重さ1.6キロのじつに重たい事典です。本山萩舟(18811958)が一人で30年がかりでまとめた労作。残念なことに萩舟は同年(1958年)10月に『飲食事典』の顔を見ることなく亡くなりました。

 

  今やその『飲食事典』の存在を知る人は少なくなりました。がしかし、嵐山光三郎は『飲食事典』に収められているごはん関係の項目をコンパクトに紹介してくれます。

 

  あの重い『飲食事典』片手にごはん通が語り、『飲食事典』の引用を通して、江戸・明治時代から平成に至るまでの橋渡しをしてくれているようにも思えました。

 

  「すし」の項を取り上げてみましょう。「すしを食う心得」から始まり、なれずし、早ずし、海苔巻き、いなりずし、ばらずし、すしの未来と展開していきます。

 

 

すしは時代とともに変化し生きている。繁盛する店はいずれも新風だ。やれ江戸前にこだわるだの、握りの小ぶりなのはゲスだのといった講釈は客より店のほうにあり、講釈も味のうちである。うまければ店は繁盛し、まずければつぶれる。旬の魚をいかに仕込んですばやく握るかによって味が変わる。コハダの酢のしめ方、かんぴょうの煮方、アナゴの下味ひとつにも店による秘伝の技法がある。そこが職人の腕の見せどころで、客もつい知ったかぶりの講釈をしたくなり、そういう客は店に嫌われる。握り方、下味のつけ方は各地方によって異なり、ひとことで江戸前といっても、要はすし職人と気分ひとつにかかっている。値段もしかりである。

 

(嵐山光三郎『ごはん通』平凡社、2000年、81ページ)

 

  手ですしをつまむのは東京流で、それは「屋台料理の延長にあって、手でつまむのは、下品であると関西人は見下している風潮がある」と述べて、『飲食事典』「すし(鮓・鮨)」の項を引用していきます。

 

  「ニギリズシの食い方はまず拇(おや)指と中指とでつまみあげ、持上げる途中に食(ひとさし)指で回して魚の附いた方を下に向け、(中略)ただ崩さぬように軽くつまむことである」と中間を略したくなるほど長々と萩舟の記述を紹介していきます。

 

  続いて「おまんずし(阿万鮓)」、「ふなずし(鮒鮓)」、「すずめずし(雀鮓)」と『飲食事典』からの引用をはさみながら、鮨屋での客の心得や早ずしの地域性を説明します。

 

  最後の「鉄火巻」の項目が短い理由は、「著者本山萩舟翁が嫌いな食べ物は、ちょっとしか書かない」らしく、それがまた『飲食事典』のいいところだと嵐山光三郎は考えているのでした。

 

  嵐山光三郎の文章に注釈をつけて『飲食事典』など引用していますから、読みにくさを感じる読者がいるかもしれません。しかし、それを補っているのが著者自身の手による豊富なイラストです。

 

  最初のイラストはバケツ弁当。ブリキのバケツに白飯を入れて真ん中にタクアン一本が丸のまま突き刺してあるという豪快なイラストです。この強烈なイラストに打ちのめされつつも、ページをめくって次々と紹介される注釈つきのイラストに読者の理解が一層深まること間違いなしです。