食生活のこと、北海道の暮らし、栄養士という職業、読んだ本の記録。生活問題を考えるオフィス(KS企画)の代表が日々考えていることを綴ります。


ツイッターはこちら。https://twitter.com/kawaitomoko54

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-10-01 07:00:00

「続・栄養士は本を読め」は『美味求真』

テーマ:栄養士・管理栄養士

 10月1日号のまぐまぐメールを配信しました。今回は、木下謙次郎の『美味求真』(五月書房)です。

 

 2009年8月から配信していたまぐまぐメールを、今回をもちまして一旦終了させていただきます。長い間おつきあいいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-09-29 07:00:00

原田マハの『まぐだら屋のマリア』

テーマ:栄養士・管理栄養士

96回(2015年5月1日号)原田マハの『まぐだら屋のマリア』

 

 有名な高級料亭が、賞味期限切れの食品を使ったり客の食べ残しを使いまわしたりと次から次へ不祥事が発覚した、あの事件を連想させる小説です。

 

 東京・神楽坂の老舗料亭で修業していた主人公の及川紫紋(おいかわしもん)は、料亭で起こった偽装・使いまわし事件に傷つき、死を覚悟して見知らぬさいはての町にたどり着くところから物語はスタートします。

 

 着いたところは、崖っぷちにあるまぐだら屋という食堂。そこで働くマリアに紫紋は救われますが、マリア自身も壮絶な過去をもつ女性なのでした。紫紋に何があったのか、少しずつ明らかになっていくと同時に、マリアの謎も徐々にわかってきます。

 

彼らがどんな過去をもち何に苦しみ絶望しているのか、はたして彼らに将来はあるのか。幸せをつかむことができるのか。それらについては本書を読んでいただくことにして、この小説の魅力を語りましょう。

 

 ひとつは登場人物の料理を作る姿勢。料亭で修業してきた紫紋は、まだ一人前になっていないにもかかわらず、厳しい修業で培われた手際の良さや盛り付けの優雅さ、食べる人への配慮などが十分に備わっている人物として描かれています。

 

紫紋をあたたかく受け入れるマリアもまた同じです。まぐだら屋でマリアが作る料理は、高級料亭に見られる豪華さや洗練さはありませんが、食べた人を十分に満足させてくれるものなのです。

 

 大都会の高級料亭であっても地方の田舎食堂であっても、料理を作る基本的姿勢はこれだと読者に思わせてくれるのでした。

 

そして、どんな小さなことでも誰かの役に立っていることが生きていくエネルギーになるものだと教えてくれることが二つ目の魅力になっています。

 

まぐだら屋に紫紋がやって来たあと、紫紋と似たような境遇の丸弧(まるこ)が登場します。その丸弧もまた、まぐだら屋のマリアに救われ、紫紋もまた自分がしてもらったように丸弧を助けるのでした。以下にその一部を引用しましょう。こんな感じ。

 

 

 弁当の包みを抱え、軽い足取りで店を出ていく丸弧を見送って、紫紋が呆(あき)れたようにつぶやくと、

 

きっと嬉しいのよ。誰かの役に立っている、ってことが」さりげなくマリアが言った。

 

誰かの役に立っている。

 

 それは、紫紋が密かに胸の中に宿し続けている希望の灯火だった。こんな自分でも、この場所で誰かの役に立っているかもしれない。だとしたら、嬉しい。そしてその誰かがマリアであるなら、もっと嬉しい。そんなふうに感じていた。

 

 この土地に来た初めの頃、無為に生きている、そのことがただ切なかった。けれどいまは、生きていることの意義を、誰かの役に立っている、と思うことでみつけたかった。

 

(原田マハ『まぐだら屋のマリア』幻冬舎文庫、2014年、225~226ページ)

 

 

 後半にはマリアの抱えている悲しみが少しずつわかってきます。マリアの部屋にある二つの位牌は誰のものなのか。女将とはどんな関係なのか。

 

 何より左手薬指を失った凄まじいいきさつが明らかになっていくにつれ読者は打ちのめされてしまいます。

 

 決して楽しい物語ではありませんが、傷ついた人が立ち直っていくそのプロセスの一部を見ることができます。

 

 左手薬指を失った男女の物語はあまりにも壮絶すぎて、この小説が映像化されることは難しいでしょう。だからこそ活字世界に浸る意味があると思われます。

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-09-22 07:00:00

阿川弘之の『食味風々録』

テーマ:栄養士・管理栄養士

これまで配信してきたまぐまぐメール『栄養士は本を読め』をアメーバブログに再録しています。

 今回は、<2015年4月1日号>の阿川弘之『食味風々録』です。

 

 

95回(2015年4月1日号)阿川弘之の『食味風々録』

 

 どうしてこれまで手にしなかったのだろう。そう思いながら読んだ本でした。本書は、大正9年生まれの阿川弘之が人生を振り返りながらまとめた食べ物に関する随筆です。

 

 明治から大正昭和の時代を経て現在に至るまで時代の大きなうねりを感じながら読み進めることができました。

 

 著者の豊かな交遊関係のなかに故人となった著名人の名前を発見したり、古い本の紹介があったりしているからかも知れません。たとえば、村井弦斎の『食道楽』。

 

 『食道楽』は食育基本法制定(2005年)前後に話題になった本です。食育関係者にとって馴染み深い本ですが、それほど多くの人びとに読まれているわけではありません。しかし明治期の大ベストセラー本なのです。

 

 敗戦4年後に結婚した著者は、妻の嫁入り道具のなかに村井弦斎の『食道楽』を見つけ、春夏秋冬全四巻の実物をはじめて手にしました。著者はこの本がかなりお気に入りだったようで、何度も出てきます。

 

 向田邦子が飛行機事故で亡くなる三か月前に対談した話も心に残りました。「ひじきの二度めし」です。

 

 阿川弘之が「蚊の目玉」の話と「栗鼠(りす)の糞(ふん)」というコーヒーの話を持ち出し、「知ってますか」と言ったら、向田邦子は「じゃあ、これ御存じ?」と「ひじきの二度めし」を持ち出します。どれも耳学問の知識でお二人ともに実際には食べたことも飲んだこともない料理の話で二人は盛り上がるのです。

 

 食べることが大好きだった向田邦子との対談が楽しくてたまらない様子が行間にあふれています。食べものや食事に対する思い入れの強さがいっぱい伝わってきて、味だけでなく料理の匂いや鮮やかな彩りまでが頭に浮かんでくるようで、そんな文章にいつのまにか魅せられているのでした。

 

 一例を挙げましょう。愛妻の手料理を好んでいた著者は、海外に出かける飛行機のなかにも妻が作った弁当を持ち込みます。以下は、「弁当恋しや」の一部分です。

 

実は自家製の晩飯を持って乗っているんでね。ビール一本と日本酒の燗(かん)したのを一つ、あとで日本茶」

 

 気の弱い女房が、「わたし、前菜だけいただくことにするわ」と言い出すのを、「馬鹿(ばか)、折角の弁当が不味くなる」、はたへ聞えないように叱(しか)りつけて置いて、やおら黒塗りの弁当箱を開く。色どりが大変よろしい。卵焼の濃い黄色、かまぼこの白、梅干の赤、塩鮭の赤、野菜の緑、その容器の銀色、黒く細い錦戸の塩昆布、牛肉の佃煮の佃煮色、初め「変な客」と不審顔だったスチュワーデスが、二度目の通りすがり、必ず足をとめてにっこりする。

 

「まあ、美味しそう」

 

 考えてみれば、機内食に一番うんざりしているのは彼女たちで、他人の弁当を羨ましく思う気持は、私ら同様かなり強いと察しられる。事実、誰が作ったのであろうと、弁当の旨いのはほんとうに旨い。

 

(阿川弘之『食味風々録』新潮文庫、2004年、137ページ)

 

 

 

 これらの記述の前には、弁当箱は「外側黒塗り内側朱色」で高価な弁当箱であることをにおわせ、器にもうるさい人物なのだろうと読者に想像させます。

 

 ご飯の詰め方も普通ではありません。鼻につくほどいやらしく細かい表現が、ご飯の匂いまで運んできてくれます。「炊き立ての白い飯を詰めて、まん中に梅干を一つ埋め込む。端の方へ少量、大阪錦戸(にしきど)の「まつのはこんぶ」を散らす。あとは胡椒塩の振りかけ。」著者ご本人が弁当を作るわけではありません。妻にそのすべてを作らせるのですから、さすが大正男です。

 

 せっかく夫婦で海外旅行に出かけるのに、当日の朝まで弁当作りに追われる妻の身になって考えれば、お気の毒としか言いようがありません。食べることを通して著者の人柄までわかってしまう楽しいエッセイです。

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-09-15 07:00:00

古川緑波の『ロッパ食談 完全版』

テーマ:栄養士・管理栄養士

 これまで配信してきたまぐまぐメール『栄養士は本を読め』をアメーバブログに再録しています。

 今回は、<2015年3月1日号>の古川緑波の『ロッパ食談 完全版』です。

 

 

94回(2015年3月1日号)古川緑波の『ロッパ食談 完全版』

 

 古川緑波ことロッパはエノケンと並び称されたコメディアンでした。食べることに貪欲で食物日記や食に関するエッセイを残しています。

 

 1903年東京生まれのロッパですが、江戸っ子らしさがあまり感じられません。そばよりもうどんが好きだし、江戸前の鮨よりも関西風の押しずしや蒸しずしを好んで食べていたようです。「日本料理については、カラ駄目」で、どちらかといえば洋風料理の話がよく出てきます。

 

 ロッパは箱根の富士屋ホテルの常連で、戦前戦中とよく利用していました。昭和15年の食日記には、富士屋ホテルで食べたビフテキや車海老のフライなど豪華なメニュウが紹介されています。アメリカとの戦争直前の頃ですが、物資がそれほど不足はしていなかったのではないかと時代背景が推測できます。

 

 続いて載っているのは、富士屋ホテルの昭和32年3月18日のランチメニュウ一覧。14番まで料理ごとにナンバーが振られていて、1000円という価格まで表示されています。それらすべての料理をロッパは平らげてしまいます。

 

 本来ならばスープはポタアジュかコンソメかを選ぶのですが、メニュウに載っているもの全部を口に入れるのです。チョイスすべき料理をチョイスしないで全部食べてしまうその勢いに、読んでいるだけのこちら側が満腹感を覚えてしまうほどでした。

 

 食べることに異常とも思われる情熱を注いでいる人間だったと思わずにはいられません。圧倒されてしまいました。

 

 ロッパ自身の旺盛な食欲とともに、食事情に関する観察眼も冴えています。「ちょいと気がつかないようなことで、よく見ると変っているのが、色々ある」と街の外食事情も分析しています。

 

 例を挙げているのが、ギョーザ屋とお好み焼。たとえば、こんな文章です。以下に一部を引用してみましょう。

 

 ギョーザ屋とは、餃子(正しくは、鍋貼餃子)を食わせる店。むろん、これも支那料理(敗戦後、中華料理と言わなくちゃいけないと言われて来たが、もういいんだろうな、支那料理って言っても)の一種だから、戦前にだって、神戸の本場支那料理屋でも食わせていたし、また、赤坂の、もみぢでは、焼売(シューマイ)と言うと、これを食わせていたものである。

 

もっとも、もみぢのは、蒸餃子であったが。しかし、それを、すなわち、ギョーザを看板の、安直な支那料理屋ってものは、戦後はじめて東京に店を開いたのだと思う。

 

 僕の知っている範囲では、渋谷の有楽という、バラック建の小さな店が、一番早い。餃子の他に豚の爪だの、ニンニク沢山の煮物などが出て、支那の酒を出す。

 

(古川緑波『ロッパ食談 完全版』河出文庫、2014年、120121ページ)

 

 

 ハウザー式の健康食やアイスクリームの話、各国料理店がたくさんできたことなど、戦後東京で感じられた勢いのある食の状況を語っています。

 

 また、昭和28年から30年にかけて出版された食に関する本も紹介されていました。今なお読み継がれている本もあれば初めて目にした本もあって、ロッパの関心事がどこにあったのかを知るひとつの手段となっています。

 

 本書は、雑誌『あまカラ』に195318号から195766号まで連載されたものを底本にして2014年に完全版として再編集されました。ロッパの舌とペンを通して、戦争をはさんだ昭和の食事情がよくわかり、貴重な資料として読むことができる一冊といえます。

 

 『ロッパ悲食記』(ちくま文庫、1995年)には、昭和19年と昭和33年の食物日記が載っていますので、こちらも併せておすすめします。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-09-08 07:00:00

新田次郎・藤原正彦の『孤愁 サウダーデ』

テーマ:栄養士・管理栄養士

 これまで配信してきたまぐまぐメール『栄養士は本を読め』をアメーバブログに再録しています。

 今回は、<2015年2月1日号>の新田次郎・藤原正彦の『孤愁 サウダーデ』です。

 

 

 

93回(2015年2月1日号)新田次郎・藤原正彦の『孤愁 サウダーデ』

 

 ポルトガルの外交官モラエスの生涯を描いた小説です。新田次郎が1979年から毎日新聞に連載していた小説でしたが、1980年2月に突然亡くなってしまいます。

 

 未完となった小説を息子の藤原正彦が書き継ぎました。前半の5分の3を新田次郎が書き、後半を藤原正彦が書いています。

 

 モラエスが初めて日本にやってきたのは1889年。その後神戸の総領事となったモラエスは芸者およねと結婚します。およねが亡くなった翌年に公職を辞し、およねの故郷である徳島に移住し、その生涯を終えました。

 

 モラエスとほぼ同じ時代を生きたラフカディオ・ハーンは英語で日本のことを書いたため世界に広くその名を残しましたが、モラエスはポルトガル語で書いたためラフカディオ・ハーンほどの知名度はありません。しかしながら、ポルトガル語で母国に書き送った「日本通信」をはじめ多くの文章を残していました。

 

 本書は、モラエス自身の書き残したものやモラエス研究をもとに、モラエスが日本にやって来た以降の人生を当時の日本事情とともに描きます。

 

 明治の半ばから昭和初期までの日本をモラエスの人生と重ね合わせながら読むことができます。ポルトガルは遠い国ですが日本との関わりは古く、ポルトガル語を語源にもつ日本語も少なくありません。たとえば、こんな感じ。

 

 

 野菜スープは日本の味噌汁に似ていたが、干ダラとジャガイモの煮付けは日本の味そのものであり、雑炊風の料理もまた日本の雑炊(おじや)によく似ていた。

 

 その夜およねはこれ等のポルトガル料理を用意してからモラエスと向い合って食卓についた。

 

 モラエスは少々だがワインを飲んだ。およねもほんの一口で全身がほてる思いをした。

 

 唐辛子(とうがらし)が香辛料として食卓に置かれていた。

 

 モラエスはおよねの料理の腕前を讃めた。あなたのポルトガル料理は、非常においしいとお世辞を言いながら、唐辛子の粉を干ダラとジャガイモの煮付けにふりかけた。少し多すぎると思ったから、およねが、

 

「そんなにかけると口がぴりぴりしますよ」

と注意した。

 

モラエスは唐辛子の粉をふりかけるのをやめておよねに訊いた。

「あなたはぴりぴり(piripiri)というポルトガル語を何処で覚えましたか」

 

(新田次郎・藤原正彦『孤愁 サウダーデ』文藝春秋、2012年、311ページ)

 

 

 小説の主題は孤愁です。ポルトガル語のサウダーデ(SAUDADE)で、「過ぎ去った幸せへの追慕や郷愁」(441ページ)という意味、簡単には言い尽くせない感情が込められているようです。

 

 ポルトガル人が日本に持ち込んだ食べものは、ポルトガル語が語源となった言葉とともにたくさんあります。外交官モラエスの生涯を通して、ポルトガルと日本とのつながり、ポルトガルからやって来た食べものの歴史の一端を知るのも一興かもしれません。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-09-01 07:00:00

「続・栄養士は本を読め」は『おとなの味』

テーマ:栄養士・管理栄養士

9月1日号のまぐまぐメールを配信しました。今回は、平松洋子の『おとなの味』(新潮文庫)です。

 

 これまでのまぐまぐメールを再編集して新書にまとめています。↓

 

 

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-08-29 07:00:00

檀一雄の『美味放浪記』

テーマ:栄養士・管理栄養士

 これまで配信してきたまぐまぐメール『栄養士は本を読め』をアメーバブログに再録しています。

今回は、<2015年1月1日号>の檀一雄『美味放浪記』です。
 

92回(2015年1月1日号)檀一雄の『美味放浪記』

 

 あの『火宅の人』の檀一雄が美味しいものを求めて放浪するエッセイです。

 

国内篇と海外篇に分かれています。どちらも雑誌『旅』に連載されていたもので、国内篇は昭和四十年、海外篇は昭和四七年の連載。そのことを頭に置きながら読むと、檀の食に関する造詣の深さとともに昭和四十年代の日本の様子が想像できます。また文壇関係のみならず檀の交遊関係の広さを垣間見ることもできます。

 

 檀が北海道の「毛蟹」を初めて食べたのは、「三十年の昔」話で太宰治にその美味しさを教えられたのでした。本当にうまい文章で、檀と太宰の親密度も伝わります。以下に一部を引用しましょう。

 

 

「毛蟹だよ。檀君、喰えよ」

と、太宰はやがて、その蟹を、そのまま手でむしって、ムシャムシャと喰いはじめたから驚いた。立喰いをおそれたわけではない。手摑みにびっくりしたわけでもない。

 

 その蟹の異形の姿に驚いたのである。

 

 それまで、私が知っていた蟹は有明海の渡り蟹だ。または筑後川の支流で自分でも獲って喰べていた「山ガネ」だ。中国の江南一帯の地で「横行将軍」と呼んで賞味する鋏(はさみ)の脚に黒い毛が密生している沢の蟹で、あれこそ私は「毛蟹」だと思い込んでいた。

 

 が、太宰が路傍の夜店から買い取って喰べはじめた毛蟹は、まったく異形の様相を呈している。毛がするどくとがっている。ゆでてあるらしいが、赤くない。第一、桁違いに大きい。

 

(檀一雄『美味放浪記』中公文庫BIBLIO2004年改版、114ページ)

 

 

 檀の郷里は九州柳川です。「蟹に関してだけは極めて神経質で、生きているところをはっきり見届けてうで上げた蟹でなかったら、普通喰べないもの」なのに太宰が「路傍の夜店から事もなげに買い取って、手掴みで、むしり裂きながら喰っている」姿に驚嘆したのでした。

 

 檀の美味しいものを見抜く目(舌といった方が正確かもしれません)は先見性にもつながっていくように思われました。

 

 たとえば、モロッコの名前も何もない迷路の中のうす汚い食堂でカバブを食べた話の中にタジンが出てきます。「蓋の恰好は、丁度日本の擂鉢を逆様にしたようだが、もっと頂上がとがっている。擂鉢と同じように褐色に光る土鍋であり、その蓋が、ぴったりと土鍋にはまり込むようになっていて、円錐形に高く聳え立っているのである」という的確な表現に、あのタジン鍋のことなのだと読者は連想できます。

 

 日本でタジン鍋料理がヒットし、いろんな種類の家庭用タジン鍋が売られるようになった、ここ数年の出来事を思うと早い時期にタジン鍋に着目した檀の鋭さがわかるのです。

 

 檀は、パリで「アンディーブ」と呼ぶ白菜の芯のような紡錘状のほろ苦い野菜を食べて、これを日本にも普及したいなと思っていました。

 

 北海道旅行の際に、函館でも札幌でも釧路でも稚内でも、会う人ごとに「アンディーブ」を栽培しているところを訊いて廻るのです。「アンディーブ普及の為に、どんなことでもやってみたい意気込み」だったようで、「もしアンディーブが普及すれば、北海道の新食品として、日本中の人に喜ばれるに相違ない予感がする」とまで述べています。

 

 事実、北海道では1980年代後半から北見市端野町や上川管内音威子府村などチコリ(アンディーブの英語の呼び名)栽培を始める生産者も出現しています。

 

 旅先で足を向けるのは魚市場や野菜市場です。そこに積み上げられている魚や野菜を見て、その町特有の飲食のあらましを想像したり、実際にたしかめたりします。人が作ったものを食べるだけでなく、「自分流儀の料理をやらかしてみる」ところに檀の説得力を見てしまうのです。

 

 高級料亭での食事を紹介するわけでもなく、高級食材の味を追いかけるわけでもない。文士が食通をきどって書き連ねるエッセイでもない。そこに本書の魅力があふれています。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-08-15 07:30:22

種村季弘の『食物漫遊記』

テーマ:栄養士・管理栄養士
 これまで配信してきたまぐまぐメール『栄養士は本を読め』をアメーバブログに再録しています。

 今回は、<2014年12月1日号>の種村季弘『食物漫遊記』です。


食物漫遊記 (ちくま文庫)/筑摩書房

¥価格不明
Amazon.co.jp


 よくある食通の書いた随筆とはまったく異なる本です。

 本書は、月刊誌『飲食店経営』に1979年11月号から1980年12月号まで連載されたものが原形。種村季弘(たねむら・すえひろ)が46歳から47歳のときです。

 文庫本の解説のなかで吉行淳之介はこう述べています。

「博学多識を「隠し味」として「なかなか口にまで近づかない食物」を私たちの眼の前に並べ立てる作者の腕前はずいぶんと冴えてきている。」

 「隠し味」になっているかどうかはわかりませんが、ともかく博覧強記なのです。口に入ることのない食べもの周辺のことを語りながら、「嘘ばっかり嘘ばっかり」と読者を翻弄しているようにも思える、上級者向けのエッセイ集といえるでしょう。

 たくさんの本が紹介されていて、知っている本が出てくるとうれしいし、知らない本が出てくると読んでみようかという気になります。

 たとえば、本まぐまぐメールでも紹介した(2014年2月1日号)岡本かの子の『鮨』。『鮨』の主人公が「鮨をつまむことで幼児の母との交歓の記憶が滾々(こんこん)と蘇って」くることを書いています。

 『暗夜行路』の時任謙作が羊羹を丸ごと口のなかに押し込まれるときの恐怖を「天どん物語」で引き合いに出していますが、すっかり忘れてしまっている私はもう一度『暗夜行路』を読み直してみようという気になってしまうのです。
 
 「一品大盛りの味」では、「天下に名のある美食家でも、私は大食いの記録をちゃんと残している人しか信用したくない」と述べます。もちろん著者自身の大食い体験も語っています。

 私がひどく共感したのは北海道のジンギスカン。

 「札幌から四十キロ程の長沼町という町でジンギスカン焼をご馳走になったとき」の話です。「味覚を楽しむなどという境地は最初の一口か二口で終って、あとは一種の闘争である」とまで表現しています。以下にその一部を引用しましょう。引用は青字部分。

 十人程の同行者の一団が一度に二十本ものビールの栓を抜いて飲みはじめた。玉ネギと羊肉を堆高く盛り上げた大皿がめいめいの目の前に出る。

これを平らげると今度はもうすこし目先の変ったものが出るだろうと思うと、そうは問屋が卸さない。お皿が空になるとまた玉ネギと羊肉が物量的にきて、最初のはほんの小手調べにすぎなかったことが同行者の食い方からして察しがつく。

第三波が押し寄せてくる時分には、有珠山の噴火か十勝沖地震の津波のように、人力では到底敵し難いものに立ち向っているのであることが、そろそろ判明してくる。

もっと適切には、行けども行けども原野に原野が続く地形のなかを歩いているように、食えども食えどもひたすらジンギスカン焼で、もしここでひるんで箸を休めれば、モンゴールの草原から黄塵を蹴立ててユーラシア大陸を横断してきたジンギスカン軍の一兵卒なら砂漠に一人脱落して取り残される恥辱に泣かねばならぬであろうところの、そんな取り返しのつかぬ敗北を招きそうないやな予感がする。


(種村季弘『食物漫遊記』ちくま文庫、1985年、37ページ)


 私の初ジンギスカン体験を思い出しました。私の場合は、玉ネギと羊肉ではなくもやしと羊肉。

 もやしを洗うことさえせずに袋から直接ジンギスカン鍋の上にどんどん置いていくのです。ほかの野菜類は一切ありません。

 本当に「一種の闘争」です。ただし私は、著者のように闘争する元気も無く、簡単に脱落し恥辱に泣いたのでありました。



 これまでのまぐまぐメールを再編集して新書にまとめています。↓



食の本棚 栄養満点おいしい人生を与えてくれる70冊 (幻冬舎ルネッサンス新書 か-5-1)/幻冬舎ルネッサンス

¥905
Amazon.co.jp

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-08-01 07:30:01

「続・栄養士は本を読め」は『食味歳時記』

テーマ:栄養士・管理栄養士
 8月1日号のまぐまぐメールを配信しました。今回は、獅子文六の『食味歳時記』(中公文庫)です。

食味歳時記 (中公文庫)/中央公論新社

¥756
Amazon.co.jp


 これまでのまぐまぐメールを再編集して、新書にまとめています。


食の本棚 栄養満点おいしい人生を与えてくれる70冊 (幻冬舎ルネッサンス新書 か-5-1)/幻冬舎ルネッサンス

¥905
Amazon.co.jp

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016-07-22 07:30:26

色川武大の『喰いたい放題』

テーマ:栄養士・管理栄養士
 これまで配信してきたまぐまぐメール『栄養士は本を読め』をアメーバブログに再録しています。

 今回は、<2014年11月1日号>の色川武大『喰いたい放題』です。


喰いたい放題 (光文社文庫)/光文社

¥514
Amazon.co.jp





 阿佐田哲也こと色川武大(いろかわ・たけひろ)の本で何か良い本はないものかと探していたところ、ぴったりの本を見つけました。本書です。


 麻雀をしながらどんなものを食べたかを書き連ねる文章に『麻雀放浪記』を思い浮かべてしまいましたし、『怪しい来客簿』に出てきそうな不思議な男のことも書いています。

 藤原審彌一門の話や長門裕之邸に遊びに行く話などを読んでいると『阿佐田哲也の怪しい交遊録』の食べ物版を読んでいるような気にもなりました。

 本文中にもあとがきにも繰り返し書いているように、著者が強調していることは、本書は食べ物をテーマにしたエッセイだけど自分は食通でもないし、食通になろうとしているわけでもないということです。

 売れている小説家ですから高級料亭で食事をする機会も多かったようですが、もっぱらふだんの食生活が題材になっています。

 著者は、「ところかまわず暴力的な睡眠発作に襲われる」ナルコレプシーという持病があるうえに糖尿病であり肝硬変も患っていたのでした。食事との関連が大きい病気もちにもかかわらず、その食生活ぶりには悲壮感が感じられません。

 むしろコミカルな印象さえ読者に与えています。文章もうまい。たとえば、じゃがいもコロッケを作る場面はこんな感じ。引用は青字部分。↓


 じゃがいもコロッケを作ろうと思う。そうはいっても、近時、油と塩分と甘味をできるだけ切りつめているので、油で揚げるわけにはいかない。

 じゃがいもコロッケの、衣(ころも)と油分をとっぱらってしまって、中の餡(あん)だけ作って、なめるのである。

 思いたったのは夜中の四時すぎであるが、すでにして朝昼晩の規律は混乱しているのであるから、天空の方から勝手に明るくなったり暗くなったりしているのだと思えばよろしい。

 冷蔵庫に、油脂分のすくない牛の挽き肉があったのを見届けてある。これは、カミさんも油脂分を嫌うからである。

 じゃがいもコロッケは、野菜をたくさん切りきざみ、挽き肉も多量に加えて、じゃがいもをさながらつなぎのようにしてしまうものと、主としてじゃがいもの味を味わうために野菜や肉の量を押さえる作り方と、二種類ある。


(色川武大『喰いたい放題』光文社文庫、2006年、142~143ページ)


 このあと、冷たいご飯とじゃがいもコロッケを食べる話が続きます。「冷たくした飯を小さく丸めて、餡に」したものを「おはぎのように、そのまわりをコロッケでねりかためる」のです。その奇想天外な食べ方におどろきます。

 そして、そのおはぎのようなコロッケを起きてきたカミさんも一緒に食べてしまうのです。「そういうふうに狂ってるのよねえ」と言いながら。

 カミさんが登場するたびに、私はカミさんの書いた本(色川孝子『宿六・色川武大』文春文庫)を思い出していました。色川武大が亡くなったあとに出版されたもので、不思議な夫婦関係でありながら、二人の強い結びつきが伝わってくる本です。

 本書は、リズミカルでどんどん読み進めていくことができます。また秀逸だと感じたのは、そのタイトルのつけ方です。意味不明の「ソバはウドン粉に限る」は興味津々に読んでいけますし、「右頬に豆を含んで」はおしゃれにさえ感じました。

「紙のようなカレーの夢」はお見事と手を打ち、「ギュウニュウたこかいな」には思わず笑ってしまう。「キョーキが乱舞するとき」には私自身にも潜んでいるキョーキを発見したりするのです。

 麻雀を知らない人も知っている人も、阿佐田哲也こと色川武大の本は是非一度は手にしてほしいと願っています。


これまでのまぐまぐメールを再編集して新書にまとめています。↓



食の本棚 栄養満点おいしい人生を与えてくれる70冊 (幻冬舎ルネッサンス新書 か-5-1)/幻冬舎ルネッサンス

¥905
Amazon.co.jp

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。