(第一話はこちらから)

 

 彼氏がいないのは、職場環境のせいばかりとは言えない。出会いがないなんて現代のネット社会では言い訳にもならない。

 ただし、気が合う異性の友達ならいないこともない。実家が近い幼馴染で、今は都心にある電子機器メーカーに勤めている透とは、盆暮の帰省時時には必ず会っている。田舎の駅前にある、一見何屋だかわからない喫茶店で、何時間でも向かい合って話し込む。

 親は私たちがそれなりに将来を考えて付き合っているのではないかと、淡い期待をしているようだけれど、絶対に私たちは結婚しない。私にとって彼は、都合よく利用できる、大切な異性。

 いや、異性といえるのだろうか。ともかく透は男性の良さだけは失わない、頼りがいのある安全な人間だ。

「結婚したくないわけじゃないし、恋愛経験もあるんですよ」

 それは事実だった。

「わかるわよ」

 知香さんは、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。母親らしいというよりは、昔からそうだったような、苦しみを乗り越えた人間だけが持ち合わせることのできる、包み込むような余裕のある笑顔。

「性的被害者の多くは、傷ついて男性不信になることがあるの。だから、あなたが自分の被害のことを打ち上げてくれた時、正直言ってそういう心配もした。でも、私にはわかったの。あなたはあの時幸せな恋をしていたって。そういう支えがあったからこそ、私に打ち明けることができたんだって」

 笑顔がひきつった。失恋なら誰でも経験することだ。それぐらいで私の心は将来を見限るほど傷ついたりはしない。けれど、その恋人こそが、知香さんの妹を殺害した男を、この世から抹殺してくれた川瀬慎吾であるという事実だけは口にできない。

 知香さんにさえ話せない秘密。それを守り続けることだけが、慎吾と私の過去のつながりを示す唯一の証拠でもあるのだから。

「ええ。でもバイト先の先輩だったので、大学卒業して田舎に帰っちゃって、フェイドアウト」

 まったくのでたらめではない。

「そうなの。遠距離恋愛にはならなかったの?」

「彼は田舎の跡取り息子なんです。私はここで働きたかったし。大学まで行かせてくれた親に少しは恩返しもしたかったし」

「それはしかたないわね。未練はなかった?」

「自然消滅だから、まあ、いいかって感じです」

「さっちゃん、やっぱり強いわね」

 強いかもしれない。強くはなった。でも、強さが慎吾との別れを後押ししたわけではない。

 慎吾は、自分をも含めた過去の性的被害者のために、人生を投げ捨てて義理の兄を殺したのだ。それは、忌まわしい過去とは決別せよという私への願いにもにている。

 自分の信じる道を進んでください、と慎吾が書いた最初で最後の手紙。

 でも、私はまだ、信じるほどの道を見つけていない。

 

【つづく】