編集委員を務めている日本マーケティング協会の「マーケティング・ホライズン」に寄稿しました。
2017年の2号のテーマは「突き詰めたい」。「そりゃ、商品開発でもなんでも突き詰めたいのはやまやまだけど、なかなかそうもいかなくてねぇ」とお嘆きの方は多いと思います。そんな気持ちが「突き詰める」でも「突き詰めろ」でもなく、「突き詰めたい」に込められています(笑)
とはいえ、実際に突き詰めているケースをちゃんと紹介したいと思ったのですが、外食の世界で突き詰めているなーと感じるのは僕の中では鳥貴族さんです。協会の許可を得て、内容を転載します。
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「焼き鳥ひとすじ」、鳥貴族の快進撃
焼き鳥チェーンの「鳥貴族」。読者の多くは見聞きしたことはあるだろうし、定期的に通っているという人も決して少なくないだろう。というのも、繁華街やビジネス街で数多く見かけるこの業態は、飲み物も含めて全品が280円(消費税別)と、学生や若者だけでなく、ビジネスパーソンにとっても非常に懐に優しいのだ。平均客単価は2000円を割り込んでいるので、気軽に一杯立ち寄るにはもってこいである。
改めて語るまでもなく、外食企業が現在置かれている状況は決して順風ではない。市場規模が大きくなることは見込めないし、若年層を中心にアルコール離れも著しい。いわゆるチェーン企業を見わたしても、異物混入で揺れたマクドナルド、強い「ブラック企業批判」を浴びたゼンショー(すき家を経営)やワタミなど、順風ではないどころか強烈な逆風が吹き荒れている。
そんな中、鳥貴族の快進撃は驚異的だ。2016年7月期の売上高は245億円で前年比31.3%増、営業利益は15.9億円で前年比はなんとプラス42.7%である。さらに3年さかのぼってみても、売上は毎年10%から20%台の伸びで推移している。2014年に東証ジャスダックに上場したかと思いきや、2015年には東証二部へ、そして昨年には東証一部へと、会社としてのステージも急速に駆け上がっている。こうした成長の背景にあるのが、社長の大倉忠司氏を中心とする同社の半端ではない「突き詰め方」にあるのは間違いない。ここでは3点にわけてそれを見てみたい。
まず1つ目は「業態」を突き詰めている点だ。現在同社は500強の店舗を展開しているが、そのすべてが「鳥貴族」という単一業態である。通常、企業は成長過程において、複数のブランドを同時に運営することが多い。その理由はリスクヘッジであったり、時代環境とのチューニングであったり、あるいは経営者の好奇心(飽きの裏返しでもあるのだが)であったりする。特に外食企業の場合はリスクヘッジの観点は避けて通れない。全国的に鳥インフルエンザが発症したら…などと考えると、焼き鳥以外の業態も持っておきたくなるのが普通だろう。
しかし、そのリスクを取ってでも、同社は一点突破を続けている。これによって、立地開発、商品開発、人材教育など、あらゆる要素を効率的かつ効果的に進めることができているのだ。280円という低価格路線で長きにわたって戦っていくためには、突き詰めることによって生まれる業態の「強さ」が欠かせないのだろう。
突き詰めている2つ目のテーマは「国」である。鳥貴族では当初から鳥肉は国産に限っていたようだが、野菜などでは外国産のものも使用していた。しかし、大倉氏が「国産国消」というスローガンを掲げて、その方向に舵を切った結果、2016年10月に店舗で使用している全食材の国産化を達成している。誤解して欲しくないのだが、外国産食材は危険だなどと、ここで言いたいわけではない。しかし、国産に切り替えたことで、使用食材の品質の均一化が図られたり、あるいは国内の生産者を応援したい客の満足度を高めたりする効果は間違いなくあるはずだ。
また国という意味においては、同社は現時点では海外進出をまったく急いでいない。むしろ国内でもきちんとやればまだまだ伸びしろがあるはずとして、当面の目標を現在の2倍の店舗数である1000店舗に定めている。「日本ではもう成長が期待できないから」といって海外へ目を向ける経営者が多い中、こうした判断は非常に珍しく映る。原料調達においても、あるいは市場という意味においても、突き詰めさえすれば日本という国にはまだまだポテンシャルがあるということを示してくれている。
そして、鳥貴族の3つ目の突き詰めは、出店に対する「チームづくり」だ。外食産業では、ある程度の店舗数を展開するにはフランチャイズの形式をとることが多いが、その例に漏れず同社もそのスタイルを採っている。一般的にブランドに力があり、かつ成長段階にある場合には、多くの企業からフランチャイズ加盟の希望が殺到する。急速な展開をしていく上では、できるだけ多くの企業を取り込んでいくのが王道であるのだが、鳥貴族はそのようなやり方は採用していない。限られた加盟企業と濃密な関係性を築き、信頼のうえで展開をしているのだ(実際、同社では新規の加盟を受け付けていないので、いくら加盟金を多く払うからといっても、私たちは今から鳥貴族を始めることはできない)。
鳥貴族では自社のフランチャイズチェーンのことを「カムレードチェーン」と呼んでいるが、カムレード(comrade)とは、「苦楽を共にした同志」という意味である。つまり、ブランドをともに育てていける真のパートナーとだけ事業をやっていきたいという意志が、この言葉一つからだけでも感じられると言えるだろう。ちなみに、鳥貴族の1号店は1985年に開業しているが、そこから10店舗になるのに13年かかっている。そして100店舗になったのは、さらにその10年後の2008年のことである。今でこそ急速な店舗展開を行っているが、100店舗を達成するのに23年かけているというこの歴史が、パートナーとともにしっかり歩んできたことの証とも言えるだろう。
前述したように、鳥貴族は1000店舗という目標に向けて邁進しているが、その道のりが今後も安泰かは誰にもわからない。突如、鳥の病気が蔓延するかもしれないし、アルバイトの確保がままならず、労働環境が悪化するかもしれない。しかし、数ある外食企業を見回した時に、同社ほど成長の力強さを感じられるところはそう多くはないというのが正直な実感だ。
私は「変化」を見ていくうえで、よく「さざ波と海流」という喩えをする。さざ波とは海上の風によって生じる表層的な動きなのに対して、海流は海の深いところで強く恒常的に続くものである。「時代の変化」や「トレンド」を見たり考えたりするときに、この両者を便宜的に意識することは有効だ。さざ波はあくまでも短期的に起きている現象であり、風がやめば海は一気に凪(なぎ)になる。外食産業とトレンドは切っても切れない関係にあるが、それがさざ波にすぎないことも多い。最近でも「アメリカの西海岸ではこれが流行っている」とか、「アジアのこれが初上陸」などと話題になるものの、大抵は瞬間的なファッションである(余談だが、服が売れないアパレルメーカーが外食に参入するケースが多く、食のファッション化はさらに進んでいる)。
一方で、鳥貴族はさざ波ではなく、長く続く「海流」をずっと捉えていると言える。そもそも「焼き鳥」という食べ物自体が、表層的なファッション性からの影響を受けにくい普遍的な存在だ。それに加えて同社は低価格高品質という、あまりにも根源的な価値を追求し続けている。低価格で高品質な焼き鳥を食べたいという世間の「海流」に向き合い、とことん突き詰めている同社の快進撃は、決して時流に乗ったわけでも、偶然の産物でもないはずだ。