先日、アセンションがあると言われる日でしたね。
わたくしはどうかというと、これと言った、アセンションだ!って言う事もなく、
どちらかと言うと落ち込み気味で、その前後は特に漠然とイライラしてました。
私ってやっぱり、アセンションから漏れた組かな?
これって負け組、負け犬みたいな表現でいややな~とか思ってみたり。
ところが、ここ数日私の内面で変化がありました。
アセンションハッピー♪ってな感じには程遠く、けっこうネガティブ。
そのネガティブな出来事がきっかけに自分の本質というか、真の望みに気づく。
次に移る時期に入ったのだと悟りました。
これくらいガーンと衝撃が無いとぼんやりしている私は気付かず、決心もつかず揺らいだままだっただろう。
真意に気づかせてくれた、ネガティブを落としてくれた人にも感謝なのだ。
最近の出来事は真意に気づくための完璧な工程だったのです。
ちょっとしんどいけどね。
気づいてしまえば大したことは無い。
私のアセンションはそんな荒っぽいところから始まったのかも?
全て必要な時に必要なことが起こる。
それは今も昔も、アセンションと言われる日を境にしても変わらないことだと思う。
一部の人が必死で選ばれようとしていたアセンションとは、対象に入るか入れないか、そういうことではなく、今までと同じように全ての人たちに与えられていることであり、ひとつのチャンスに過ぎない。
気づけるかどうかはその人次第なんだと思う。
神はいつ・どんな時でも平等だ。
神に愛されていない人間なんていない。
同じようにどの人も愛されている。
もし、どうしても優劣をつけるのであれば、その人の志で分けられると感じる。
アセンションは怠けることが可能になる魔法ではない。
そのように勘違いしている人が多いような気がする。
一部優劣をつけようとする新しいエゴやカルマも生んでしまったことは間違いない。
心ない数人がそんな態度だったもので、何回か悶々としたり傷つきもした。
とっても残念。気の毒。
魂の最終目標は神との合体にある。
どの魂もその道を歩んでいる。
どの道も正しい。道の特徴が違うだけのことだ。
その人がどの道を選ぼうとも、称え認め、励まさなければいけない。
少し自分の中で整理がついてスッキリ。
さて、何が言いたいかというと、来年はカペラじぎょう処を願晴っちゃうよ。
っていう決意表明なのです。
なんか分かりにくい話で申し訳ありませんが、2013年にこうご期待!
om klim krsmaya namah