佐ノ川谷藍子-ceramic works blog-

関西・大阪の陶芸家 佐ノ川谷藍子(さのがわやあいこ)のblog
Aiko Sanogawaya's blog from Osaka,Japan.


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泉佐野駅を降りて海に向かって行くとシャッター通りの商店街…の時代はもう過ぎて、
半分はもうマンションや分譲住宅に開発されています。

その先にマンションも建てられないほど細い路地が入り組んだ古い町並みがあり、
たくさんの古い蔵が残る佐野街場があります。


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ほとんどの蔵が取り壊されたり朽ちていく中、
あちこちでリノベーションに適した蔵を探していたKご夫婦に見つけてもらえた、
大きなむくの木のある質屋さんの蔵。


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「蔵のカフェ むくのき 」として2年前にオープン。
佐ノ川谷藍子の器も活躍しています。


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チョット急な階段を登った二階に上がると…


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太い梁がむき出しになっています。

ベトナムやアフリカなど
海外赴任生活が長かったK夫妻が現地で見つけた
独特な装飾の家具や不思議な椅子に器を並べ、



美しく丁寧に織り込まれた織物や
動物の染め模様の敷物をお借りしました。



一年ぶり二回目の展示。

ママさんのベトナム&アフリカ話が楽しい!


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フォーを日本で食べたい時どうするかという話や、




看板メニューの「ココナッツミルクのバナナケーキ」の話。

ベトナムの市場で普通に売られていて食べ慣れていたそうですが、ベトナムでは料理を家で作る習慣が無く、日本に帰ってきて作り方を覚えたいきさつ。



アフリカのバオバブの木の話。

バオバブの実や硬い殻で作った蓋ものを触らせてもらって(短い毛が生えてる!)、「The African Baobab」という本を見せてもらいました。


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バオバブの実で作られた小動物用の罠や幹の空洞を利用した祠やバオバブヒーリングの儀式の写真が面白い!


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むくのきさんではスーパーフードの実や葉を使ったバオバブクッキーも売っています✨


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たくさんのお客さんにも恵まれ、
多くの方がゆっくり時間を過ごしてから帰られるのも嬉しかったです。

そんな良い時間のある場所。


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寒波が訪れたこの週、
お店のシンボルツリーのむくの木は葉っぱがほとんど落ちました。


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マスターが毎朝器を並べるテラスや
木々の間の落ち葉を丁寧に拾ってくれていました。


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むくの木はサッパリした様子で
春の準備に入りましたが、



もう一本の大木、クロガネモチの木は青々として淡い冬の陽を集めていました。


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◯蔵のカフェ むくのき

営業日 木 金 土 日
11:00〜17:00



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秋は芸術と相性の良い季節。

お気に入りの博物館や遺跡でも行きたい展示やイベントが目白押しで、器を作りながらなんとなくソワソワしています。


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今年も秋の個展は毎年恒例のflour bee* cafeさん(大阪府泉佐野市りんくうタウン)で✨


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泉州の新鮮な野菜や魚介を使ったメニューが豊富なフレンチスタイルのキッシュカフェ。

窓際の席でラテアートを施した綺麗なキャラメルラテを飲みながらお客さんを待ちます。


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海からの風が気持ちいいテラスに
たくさんの器を並べました。


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テラスの空を映す青い茶碗。



こちらはスタッフでもあるパテシエのtsubomiさんの作品「栗とカシスのモンブラン」✨器と合わせて一枚の絵のようです

やはり自分には良い背景を描くような器づくりがしっくりきます。



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スープやマグカップは

コーヒーやスープのベールが開いていく
だんだん飲み干すごとに現れる絵。





いろんなカタチと器が使われるシーンがあり、

選ぶのは一瞬、使うのはずっと。



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お客さんに器の説明はしますが、

選ぶのを急かすことはありません。



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キッチンに立つオーナーで野菜ソムリエのこずえさん。

flour bee* cafeでも主にデザートに
うちの器をずっとお使いいただいていますが、

そういうのはもうすっかり「こずえさんの器」になっています⬇︎

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写真はこずえさんのFacebookより


そのひとつ本棚のケーキ皿

インタビューなどで本棚を背景にする作家さんや教授先生、多いですよね。

そんな思いつきで作ったお皿の一枚はこのカフェでこずえさんのセンスの庭になっています。


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今回の展示でも、たくさんの器が
これと選んでいただいて
誰かの食卓に食器棚に納まりました。

あちこちの食卓で、それぞれの日常の背景にある、使う人により添うような器になっていれば嬉しいです。

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 テレビを見ていて、本を読んでいて、人の話を聞いていて、
 
意外と掴みにくいのが距離感です。
 
おしどり夫婦と取り上げられていたらそうでもなかったり、
離れていると思っていた場所と場所が意外と近かったり、
広いと聞いていた場所がイメージしていたよりさらに広かったり。
 
 
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予測のつかない速度ですごい距離を引き返してきたり、人たらしと言われ心理的な距離も縮める術を心得ていた秀吉のいちファンが思うに、
 
距離の正確な把握がそのひとの可能性。
 
自分のものさしの無い人、目盛りが偏ってたり測ろうとしない人って、
信頼関係のない人にただただ馴れ馴れしくしたり、必要な条件を無視して精神論で突っ切ろうとしたり、微妙な距離感を持続できずにすぐ破綻させる。
 
 
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そういう距離を思いがけず発見したり、意外なホントの距離に驚いたり、
この距離を超えたんだー!っていう工夫に
目を見張ったりするアトラクションが私にとっての旅です。
 
 
今回の北九州への旅は、
 
歴史上有数の距離的難問でもある魏志倭人伝の記述に沿って
景色や遺跡や博物館を巡り、秀吉ゆかりの城跡も巡りってきました。
 
 
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壱岐の北岸の上にある勝本城跡。

 

秀吉が朝鮮出兵時に補給基地として建てたと言われる城跡です。

 

 

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 流水柄と藁灰釉のゆのみ        MAP

 

 
長い坂道の上、城門のあたりには
見事なクランクがあり、
やはり臨戦態勢の城とうれしくなります。
 

 

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壱岐島の南側、広い平野部にある原の辻遺跡(弥生時代)。

 

 

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ここ原の辻遺跡は船着場跡が発掘されたことでも有名で、
湾から川を一キロほど遡上して、ここにあった一支国に荷物と人が到着。
 
 
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魏志倭人伝には
 
「(一支国には)三千ばかりの家があり、田畑が少し、農耕だけでは食うに足らず、南や北に海を渡って穀物を買い入れている。」
 

とあります。

 

 
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刷毛目とコバルトの茶碗   MAP

 

 

玄海灘を渡るときややシケていてまあ船が揺れたのですが…
弥生時代にここで交易していた人々はずっと小さな船で航海していました。
 
今日も風が強く、あの高い波を漕いで渡るなんてシンジラレナイ…

 

 
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縄文後期の稲作遺構で有名な菜畑遺跡のある唐津から、
 
沿岸沿いを魏志倭人伝の伊都国(今の糸島市)に向かいます。
 
 
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実は邪馬台国がどこにあったかにはあまり興味がないのです…
 
たとえ新たに吉野ヶ里より大きくて纒向みたいに全国まとめてましたな弥生時代後期の遺跡が発見されたとして、
卑弥呼がもらった金印か魏の封泥など
ドンピシャな証拠が複数でないとそうだと言えませんし、
 
都市の下だったりしたらどうしようもありません…
 
 
 
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どうやら弥生後期に
民俗色の強い銅鐸や鳥装の祭りが一斉に排され、
玉・剣・鏡を使って太陽や岩を祀る今につながる神事に変わったこと、
 
その象徴である卑弥呼(明らかに日巫女)が治めた国
 
邪馬台国(ヤマト?)につながるザ・オリジン・オブ・ニッポンの姿やそうなった理由に興味津々。
 
中国の魏志倭人伝と発掘成果のおかげで、ここではその姿をイメージしながら旅ができます。
 
 
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糸島では卑弥呼より前の時代ですが、玉・剣・鏡に柱跡(日本の神様は一柱、二柱と数えます)に太陽や産道信仰が伺える
とても身分の高い女性の墓を見ることができました。
 
 
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魏志倭人伝によると、「(伊都国には)1000余戸の家がある。世々に王があるも、みな女王國に統べて属する。帯方郡(魏国の一部)の使者が往来して、ここに常にとどまる場所である。
 
平野部の遺跡からは帯方郡の特徴を持つ陶片や硯(日本では文字の無い時代)が出土していて、邪馬台国はここに一大卒(軍隊)を置き、北九州の抑えとしていたとも書かれています。
 
 
 
 
 
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良い景色を求めて海沿いの道を東へ。
 
箱島様というモンサンミッシェルな海の神様が祀られたほこらを見つけたり、
 
 
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点在する遺跡や日帰り温泉、
 
 
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海の美味しいものを訪ねながら、
 
 
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「漢委奴国王印」金印が発見されたと言われる志賀島へ。
 
 
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 ベージュと青の流水柄 ゆのみ    MAP
 
 
玄界灘へまっすぐ続く参道の宮地嶽神社。
江戸時代の地震がきっかけで境内で発見された宮地嶽古墳。
あまりに厳粛な空気から内部に不動尊が祀られていて、玄室の前でお参りできました。
 
 
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宗像大社と大島の中津宮、島自体が御神体の沖ノ島を結ぶ神湊(こうのみなと)には数日滞在。
 
 
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この辺りは古代豪族・海人族 宗像氏の古墳の密集地でもあります。

現在 宗像大社 宝物館にある国宝の数々を朝廷のはからいで沖ノ島の岩々に供えていたのは彼らですが、遣唐使の廃止でぱったり供物が見られなくなったあたり、

古代、危険な航海など国家的難事のカミダノミにかける本気度というか執念を感じて汗💦

魏志倭人伝にも持衰(じさい)というとんでもないカミダノミ航海術を倭人がやってたとありますが…

 

 
岬の近くにあるフェリー乗り場から
中津宮のある大島へ。
 
 
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女人禁制で神職とお祭りの日に限られた人数しか上陸出来ない沖ノ島には
ここ大島の北岸からお参りできることになっています。
 
 
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他にも佐賀の吉野ヶ里遺跡や太宰府天満宮と水城跡、九州国立博物館の洞窟壁画 ラスコー展、名護屋城や大野城跡、
山道を走って有名な王塚装飾古墳まで足を伸ばし、
 
福岡・新門司港でマイカーとロードバイクを積み込みフェリーに乗船。
 
 
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邪馬台国がどこにあったかはともかく、
その重要拠点があったであろう近畿と九州を結んでさかんに人やモノが運ばれた瀬戸内海。
 
 
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実はこの旅で邪馬台国東遷説ってアリだなーと思ったり…
 
(九州発祥の邪馬台国が東国と戦争するうち岡山〜近畿に拠点をつくり、最終的に奈良に遷都したという説)
 
 
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瀬戸内海は海のハイウェイ。
 
玄界灘と比べるととっても穏やかで、大型フェリーはぜんぜん揺れず、露天風呂を楽しんで、食堂で美味しいお刺身を食べて、狭いビジホな個室で早めに就寝。
 
 
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ただいま大阪!
 
10日ぶりに泉大津港に帰って来ました。
 
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