『D-冬の虎王』〈吸血鬼ハンターD23〉 | 手当たり次第の本棚

『D-冬の虎王』〈吸血鬼ハンターD23〉


Dの世界観は、意図的にいろいろなところがぼかされている。
貴族(吸血鬼)の支配が千年単位どころか、万年にわたり続いている事は示されているが、たとえばこの舞台が地球であるのか、それとも、異星であるのかも、はっきりとしていない。
まあ、1万年も先のことなら、異星も同然なんだけども。

開拓時代のアメリカを思わせる荒野、ヨーロッパの昔を思わせる村や古城。
そのうちの幾分かは、貴族の趣味による演出とされている。
しかし、それらと退避してひきあいに出される「都」は舞台となった事がなく、どのような場所なのかも曖昧模糊としている。

だからこそ、「D」という男の神秘性とスーパーヒーロー性がきわだっているのだろうと思う。

実際、新宿区を舞台とした魔界都市シリーズ(群)は、舞台となった場所のなりたちを含め、詳細な世界設定が明らかにされていると同時に、そこで活躍するキャラクターも、多種多様だ。
シリーズの主人公をになうキャラだけでなく、脇役も、いつ主人公になってもおかしくないようなくせ者がそろっている。

ある意味魔界都市新宿ものは、微に入り細をうがって描写される新宿そのものが魅力であるように、Dの世界は、得体の知れぬその神秘性が魅力なのだ。
その神秘性を解き明かす鍵は「D]という男だが、この男自身、得体が知れないというのが面白い。
もちろん、「神祖」と呼ばれるのが誰なのか、おおよその暗示があるし、その神祖とDの関係も、強くにおわせるものがあるのだけれど、あえて書かない。
この、見えそうで見えない魅力というのは、新宿の方でも、一部で駆使されているテクニックで、菊地秀行お得意の手法だとも言えるだろう。
「チラ見え」の魅力が「D」の真髄というわけ。

しかし、本巻は珍しくも、貴族の視点から物語が展開されている。
だからといっていろいろな謎が明らかになるというのではない。
千年、下手すれば万年も生きているかもしれない貴族という存在の異質さが、貴族の側から語られているのだ。
不死であれば、定命の人とは、当然、ものの見方が変わってくるはず。
かつては残酷な「虎王」とおそれられた老貴族と、その息子たち、そして彼の愛した女を通して、人間ならざるものが今までより生々しく描かれていると言える。
とはいえ、これは難しいテーマでもある。
曖昧模糊としたところを残しながら、人間ではないもの(異質な存在)の視点から物語を再度語る事になるわけだから。

一方、Dとしてははじめての別主人公のシリーズがノベルスから刊行され、このこともあわせて、描き方の方向転換が行われているように感じる。
人間だけではなく、より、貴族の世界にも目が向けられ始めているのだ。
はたしてそれが成功するのかは、もう少し待ってみないといけないのだろう。


吸血鬼ハンター23 D-冬の虎王 (朝日文庫)/菊地秀行
2011年8月30日初版(発売中)