『デカメロン (上)』 第三日 | 手当たり次第の本棚

『デカメロン (上)』 第三日


三日目に語られるお話は、「何かを強く切望する人が、それを手に入れる物語」をテーマとしている。
この『デカメロン』であるが、もしかすると、とても艶っぽい話なのだ、というような評を耳にしたり目にしたりした事があるかもしれない。
しかし、決してポルノグラフィー的とは言えないのだ。

イタリア民話と共通の物語が含まれている事は以前の記事で述べたけれど、そのような民話と大きく違う点がひとつある。
それが、「男女のまじわり」についても触れられているという事だ。
本来、民話にも、そのような要素はあったはずだと思う。
たとえば、これも以前紹介した『ロシア民話集』は、訳者による巻末の解説において、アファナーシエフが、原資料から、あえてセクシュアルな物語は(ひとつの物語を引き裂くということまでして)民話集と分け、別の物語集として編纂した事が述べられていた。
また、中国やフランスの、「艶笑譚」も、岩波や筑摩文庫などにおさめられていることを思えば、聞き手が大人である場合、当然、そのような要素は、含まれていたはず。

もちろん、本作そのものは民話ではないのだけれども、読み手は大人であるわけだから、そのような要素は、後年、各国で民話集編纂の嚆矢となった『グリム童話集』と異なり、自然なものとして言及されている、ということ。

そして、これが書かれた時代を考えればこれまた当然なのだが、男女の交わりについて描かれているといっても、微に入り細をうがったようなものではない。
ただ、○○のように同衾した、というようなぼかしのかかった状態となっているのだ。
(この点でいうと、やはり大人の聞き手にむかって語られた『千夜一夜物語』の方が、より大らかに、場合によってはつまびらかに物語られていると言える)。
まあ、なんといっても、語り、耳を傾ける男女はみな上流階級の人という設定なのだから、下品な下ネタは出ないんだよね。

とはいえ、男女間のことが、コミカルに、あるいはシリアスに、いろいろな形で物語られているというのは間違いがない。
また、男女の交わりは決してメインとはならない。
三日目に物語られるうちで最も印象的なのは、医者の娘という、さほど高からぬ身分でありながら、自らの学識と努力によって、幼い頃からの恋の相手である貴族の若者と結婚するため、非常な苦労と真心を尽くした娘の物語だ。
まあ、片思いだっていうこともあるのだろうけれど、相手の男は、非常に冷たく娘をあしらってしまう。
娘は、大業をやりとげて王に願い出ることで、彼を花婿に得るのだけれど、もちろん、それだけでは男の気持ちが彼女に向くわけはない(身分違いの結婚だということもある)。
それゆえ、さっさか傭兵として出奔してしまった夫を、真の夫とするため、彼女は驚くべき偉業をやりとげることになる。

凄く、面白い。


デカメロン〈上〉 (ちくま文庫)/G. ボッカッチョ
1987年10月27日初版