『幼き子らよ、我がもとへ (下)』〈フィデルマ2〉 | 手当たり次第の本棚

『幼き子らよ、我がもとへ (下)』〈フィデルマ2〉


フィデルマの時代のアイルランドは、大王の下に4人の王がいてそれぞれの王国を治め、さらにその下に小国の王や族長がそれぞれ小さい国や一族の領土をもって、従っていた、という構造らしい。
4つの王国は必ずしも平和に共存していたわけではなく、当然、その争いには領土争いが含まれていて、今回フィデルマが対処しなければならなくなった事件も、まさしくこのような領土争いに深く関わっていたという事が、下巻の時点で判明している。

それにしても、皮肉なのは、慈愛深い尊者として名高かった人物が、実は人に嫌われるようなタイプの男だったというあたりだ。
フィデルマ自身が聖職者であり、物語にキリスト教の事も大きく影響してくる事を考えると、なんとも皮肉なようだが、トレメインの作品のおもしろさは、フィデルマの時代が、宗教的にも揺れている時代だったという事、そしてこの尊者の性格と評判の落差も、多分に政治的なものとされているところだろう。

また一方、全体的に、ローマ・カトリックよりも、ケルト教会のありかたが肯定されている本作であるのに、ケルト教会ならではの、たとえば聖職者が結婚を許されているというような部分が、事件を複雑にし、否定的に見えかねない状況を作り出しているという事だ。
にもかかわらず、それがケルト教会の欠点であるかのように描かれていないのは、トレメインの筆の奥深さなのだろうか。

事件そのものも、スリリングに展開する。
(あれが問題の王子だよね?) と非常に疑わしい存在が早くから明らかになっているのに、なかなか身柄確保といかないうえ、次々に危険が迫るところなどは、「誰が味方で誰が敵かわからない」状況とあわせ、ミステリというより、むしろサスペンスに近い味わいもある。や、ミステリなんだけどね、もちろん。


幼き子らよ、我がもとへ〈下〉 (創元推理文庫)/ピーター トレメイン
2007年9月28日初版