『再建』〈吉原裏同心12〉 | 手当たり次第の本棚

『再建』〈吉原裏同心12〉


佐伯泰英の時代物シリーズはいくつもあるが、そのうち、最も人情の機微をこまやかに描いているのが、もしかすると本シリーズではないかと思う。
それは、表舞台が、苦界とも称される吉原という場所であり、さらに、主人公がそのまた「裏」に生きるという設定だからだろう。
苦界であればこそ、表舞台にあたる光は強く華々しく、その影は暗いものだ。
そう考えると、このコントラストの強さは、作者がかつてなりわいとしていた写真の世界に通じるものがあるのかもしれない。

ところで、吉原という世界は、今でいえば芸能界にちょっと似ていると思うのだ。
プロダクションのかわりが妓楼であり、アイドルが遊女。
ファンのかわりに誘客が、遊女と恋の遊びをするわけなのだが、誘客に至っては、今のファンとどれほど替わりがあるだろうか、と思う。
芸能界と同様に、吉原もまた、人に夢を見させるための美しい幻を作り出し、それが暴かれないように手をつくして守ろうとする、その苦労こそが、本シリーズの醍醐味なのだろう。

それゆえ、佐伯作品のどれよりも、本シリーズは情景がファンタスティックで、特にそれは、花魁道中や紋日といった、吉原のイベントに強くあらわれるのだが、今回は「五百日に及ぶ仮宅営業が終わり、再建なった吉原に遊女三千人が還る」という、何十年に一度の大イベントが待っている。
いわば、佐伯泰英の腕の見せ所、その筆がひときわ冴え渡る場面だ。

そして、本シリーズの主人公も、磐音も体験したように、なぜか、主人公たちは、そのイベントを表立って見る事も、参加する事もならず、この素晴らしい幻を怖そうとする闇の手をはばむという役回りを与えられる。

なんだか、ここにも、華麗な世界を裏方から撮影していたかつての作者の立ち位置が投影されているように感じるのは、気のせいなのだろうか。


再建―吉原裏同心〈12〉 (光文社時代小説文庫)/佐伯 泰英
2010年3月20日初版