『ストーム・ブリング・ワールド』(カルドセプト創伝) | 手当たり次第の本棚

『ストーム・ブリング・ワールド』(カルドセプト創伝)


嘘は、許されるだろうか。
いかなる時も、嘘をつくことは罪だと思うか?

私は、必ずしもそうは言えないと思う。
何かを守るために、誠意をこめてついた嘘は、いつかほんとうになるかもしれない。
逆に、ほんとうの事であっても、そこに誠意がなければ、それは嘘になってしまうだろう。
嘘か真実かということより、重要なのは、そこに込められた想いなのだと思う。

この物語は、たくさんのものを守るために嘘をつき通した少女が、最後に大いなる真実をつかむ物語だ。
大きな謎を秘めたカルド(魔法を封じたカード)から、彼女のみが真実を引き出す事ができた。
そして、それは嘘をほんとうにし、周囲の人々にも、たくさんの真実を取り戻させるという偉業となった。

さて、本作は「カルドセプト」というゲーム世界を下敷きにした小説という事になっている。
なんらかの魔法をカードという形にし、それを組みあわせたセット(ここでは、ブックと呼ばれる)を駆使して、魔法の使い手が戦うという設定は、それほど珍しくない。
アメリカのMtGに端を発し、日本では「遊戯王」が爆発的な人気となり、このスタイルはむしろ一般的なものとなったと言えるだろう。

とくにMtGの影響はすさまじく、アメリカはもとより、一時は世界を席巻する勢いで、専門紙である Duelist には毎号その世界を下敷きにした小説が掲載され、長編はペーパーバックになって売り出された。
数少ないが日本で訳されたものもあった。
それらが面白くなかったとは言わない。
MtGそのものが大きくふくらんだ世界観を持っていたこともあって、小説にも、なかなか面白いものがあったと記憶している。

しかし、言っちゃなんだが、MtGよりずっとユーザーが少なく、従って内包される世界観も小さいと思われるカルドセプトは、本作で大いに魅力を増したと思うのだ。
この手のスタイルをもつ魔法世界ではありがちな展開である、魔法の根源力となる土地(ここでの呼び名は領土)を奪い合うという、基本、陣取り合戦という展開を、シャープに、スリリングに展開するのは、まさしく冲方方式のアクションだと思う。
また、リェロンはそのクールさもさることながら、いとも無造作にカルドと使うところが小憎らしい。

武器で対決する者なら、まず、構える。
魔法で対決する者なら、印を結ぶなり、呪文を唱えるなり、する。
そういった予備動作は、人間、たいていの物事に対してとってしまうものであり、相手の「それ」をどう読むかが、いわばどんな試合でも、重要なかけひきになるのだ。
ところが、リェロンにはその予備動作が全くない。
実に、小憎らしい。
普通に相手と会話しながら、毛ひとすじほどの力みもなく、同時に魔法を使うような魔法使いが、他にいるだろうか?

戦う相手にそんな事されたら、おそるべき脅威だ……!
ある意味反則ですらあると思うのだが、そう感じさせないほどにうまい演出がなされていて、いいアクションシーンになっている。

物語世界は敢然に冲方ワールドになっているため、ゲームの方のカルドセプトを全く知らなくても問題ない。
これは、面白いよ。


ストーム・ブリング・ワールド1(MF文庫ダ・ヴィンチ)/冲方丁
ストーム・ブリング・ワールド2 (MF文庫ダ・ヴィンチ)/冲方丁
2009年10月25日初版