『ペスト』(ダニエル・デフォー) | 手当たり次第の本棚

『ペスト』(ダニエル・デフォー)


ダニエル・デフォーとは何を書いた人か?
言わずと知れた、『ロビンソン・クルーソー』だ。
勿論、これは、小説なのだが、デフォー自身はむしろジャーナリストであり、その障害にあまりにも多くの著述をしていたため、いまだに全集を編纂するのが困難な作家だ、と訳者があとがきで述べている。

うぅ~ん、そんなに凄かったのか。
イメージはやっぱり『ロビンソン・クルーソー』だからなあ!

さて、そのデフォーが、ロンドン大火の前年に発生したペストの大流行について書いたのが本作だ。
一応、小説という事になっていはいるが、どちらかといえば、語り手のみを架空の人物にした、ドキュメンタリーに近いと思う。
なるほど、確かに、こうしてみると、デフォーってジャーナリスt的なんだな。

淡々と、随所に、各時期のペストによる死者の統計などが引用されているのが、淡々としているだけに迫力だったりする。
実際、それぞれの現象について、デフォー自身が思うところを述べてはいるものの、態度はおおむね中立的、第三者的な視点を保っており、たとえば、ペスト対策などについて対立する論がある場合は、どちらかに与したり、どちらかをけなしたり、あるいは論破しようとする事がない。

このデフォーの筆によって、いろいろなフィクションにおいて、グロテスクでおそろしく、あたかも地獄絵図のように描かれているロンドンのペスト禍が、実際には、かなり市当局によって厳しいルールのもとに置かれていたり、現代人の目から見てナンセンスなものがあるとはいえ、それなりに筋の通った対策が行われている事が、手に取るようにわかる。

21世紀にしたところで、SARSとか鳥インフルなどの騒ぎがあるように、疫病というやつは怖ろしく、人は肝っ玉を縮み上がらせてしまうものかと思う。
事実、本作の中でも、状況に耐えきれずにロンドンから逃げ出したり、病気のキャリアになっている事を知らず歩き回って、頓死する人々がいたり、あるいはロンドンを脱出したものの、近郊の町や村に受け容れてもらえず、野山で死んでいった人の事などが語られているけれども、
その一方、原始的ながら、ある程度隔離政策が行われていたり、消毒や、害獣駆除の試みがなされていたり、生活に必要な最低限のもの(たとえば、パン屋はパンを毎日焼かなくてはならないという条例)の発令など、ロンドン市長頑張ってたんだなっ という「イギリス的冷静さ」がうかがえて、大変興味深い。

また、終盤の方では、この災害によって、イギリス経済そのものがこうむった深甚な打撃についても触れられていて、これなどは、そのまんま、現代でも発生しそうな事かと考えさせられもする。


ペスト (中公文庫)/ダニエル デフォー
1973年12月10日初版
2009年7月25日改版