『泥棒が1ダース』〈現代短篇の名手たち3〉 | 手当たり次第の本棚

『泥棒が1ダース』〈現代短篇の名手たち3〉


ジョン・ドートマンダーは、泥棒である。
住まいはニューヨーク。
けっこう腕はいいらしいが、それなりに臭いメシを喰った事もあるし、第一、風采があがらず、ぱっと見は、どこにでもいる労働者のように見える。

ゆえに、ドートマンダーものは、一応、ピカレスクという事になるのかもしれないが、全く気取ったところがなく、どちらかというと、似合うのは「ペーソス」という言葉、いや、そこに到達しそうでありながら、足を踏み外して「スラップスティック気味」になることもある。

とてもうまく泥棒してのける事もあるし、笑うっきゃないような失敗に終わる事もあれば、実は、ぜんぜ~ん泥棒しない話まで含まれる。

いずれにせよ、そこには、ニューヨークという街があって、それは華やかな一方、ごみごみして汚くて、ともかく人がいっぱいいて、そこが魅力というわけなんだね。
つまり、読者は、ドートマンダーと一緒に、ニューヨークの一風変わった面白味を存分に味わう事ができるのだ。
(日の当たるところは、彼と一緒に、物陰から察するように。うんうん)。

私の好きなドートマンダーという男は、頭が切れるようでいて、みょうちくりんな愚鈍に見えるところもある、というやつだ。
たとえば、彼は、時々、とっさに偽名を名乗らなくてはならない時に……

「……えっと、ディダムズだ」
「ディダムズ?」
「ウェールズ系なんだ」
「へええ」

定番のギャグみたいだ。
ニューヨークにはアイルランド系は多いかもしれないが(とくに、警官に多いなんて話も聞くが)、
ウェールズ系はどうなんだろうねえ?
よくわかりません。
「へええ」にもそういうニュアンスがあるのかも。
しかも、ファーストネームは必ず、本名の(そしてありふれた)「ジョン」を使う。
そうすれば、呼ばれた時にミスる事がないから。
たぶん。

用心深いとも言えるし、見ようによっては、鈍いともとれる。
それが、いい味なんだよ(しっぽゆら~ん)。

洒脱といえば洒脱なところもあり、ともかくも、ドートマンダーものというのは、腹をかかえて笑うよりは、に~んまりしてしまう、そういう作品が多い。
もちろん、長編もいろいろ出ているが、短編は、気軽にいつでもすぐに好きなだけ読めるところが、なんとなくお得。


現代短篇の名手たち3 泥棒が1ダース (ハヤカワ・ミステリ文庫)/ドナルド・E・ウェストレイク
2009年8月25日初版