『クシエルの矢 (1) 天使の王国』 | 手当たり次第の本棚

『クシエルの矢 (1) 天使の王国』


版元の売り文句は「刺激に満ちた歴史ファンタジイ・シリーズ開幕」というものだが、別段、現実の歴史と関係しているわけではない。
どことなく、ヨーロッパあたりの歴史的展開に類似しているところもあるけれど、これは、あくまでも、独自の世界と思った方が良いだろう。
並行世界としてみた場合は、我々の歴史からかなり遠いところにある。

とはいえ、欧米(キリスト教圏)の読者にとって衝撃的なのは、ここに登場する天使たちと、その子孫が、全て、官能の世界の住人である事かもしれない。
そう、天使というイメージ通り、大変美しい事で名高いが、キリスト教の天使のように無性ではなく、むしろ性的な存在であり、その政敵能力というか、いわば「女の武器」を使って、国の祖である、「拒まれた神の子」(但し、アンチクリストとか、そういうものではないようだ)を、守った事が、その国の宗教の、根幹となっている。

であるからこそ、その祖先たる天使を神として使える者たちは、「神娼」と呼ばれる、高等娼妓なのだ。
タイプによって、それぞれの「館」に分かれ、高度な教養とマナー、そして勿論、性技を身につけているとされる。

むむ?
ということは、かなりエロティックなファンタジイなのか?
いえいえ、それがどうして。
確かに、セクシュアルなシーンは出てくるが、決してあからさまとは言えない。
前世紀の中頃ならいざしらず、現代のエンタテイメントとしては、相当に大人しい。
文学的なエロスとしか言いようがない。
それゆえ、あまり露骨な表現は苦手な人も、官能的なシーンを楽しむ事ができるんじゃないかな。

しかも、こういう設定で、まさしく神娼の子として生まれ、その館で幼少時を過ごしながら、ヒロインが十歳となって引き取られた先は、政界の黒幕(それとも、ロビイスト?)とでもいう人物の手元だったので、彼女は、「寝台の中のスパイ」としてスタートを切るのだ。
つまり、彼女の視点を通して、その国及び周辺諸国の歴史がこれから語られていく、という展開になるのだろう。

うん、これは、世界観といい、ストーリー展開といい、面白いよ。


クシエルの矢〈1〉八天使の王国 (ハヤカワ文庫FT)/ジャクリーン ケアリー
2009年6月25日初版
ローカス賞長編部門受賞