『ABC殺人事件』 | 手当たり次第の本棚

『ABC殺人事件』

名探偵エルキュール・ポアロ氏が活躍するクリスティ作品は、30作余に及ぶが、おそらく本巻はその中でもかなりの率でベスト3に入ってくるものと思う。
幸か不幸か、児童向けのリライトで読んでしまうケースも多いと思うけれど、もともと大人向けの作品なのだし、小中学生の頃に読んだよ、という人も、ぜひ、また手にしていただきたいものだ(笑)。

タイトルがふるっている。
ABC。
「いろは」や「あいうえお」同様、物事の基本、初歩の初歩というような意味合いにも使われるが、ABCといえば、ものをカウントする時にも使われるし、
あと、これは日本人にはどうしたって馴染みがないが、作中重要なアイテムとして登場する、イギリスのメジャーな「鉄道案内」の名前でもあるそうだ。

で、それらの「ABC」に関わる要素をふんだんに盛り込んだ上で、この殺人は、「まずAの頭文字を持っている人が、次にBの人が……」殺されていく。
しかも、それがいちいち、ポアロへの挑戦という形をとっているという仕掛け。

アクションシーンのひとつとてなく、ポアロが「灰色の脳細胞」を働かせて、犯人像を割り出していこうとするその方法は、後年、アメリカのFBIの手法として有名になったプロファイリングのはしりと言えそうな気がする。
また、そうやってプロファイリングしていくことで、思いもかけぬ犯人像が、
「すべての証拠はこの男が犯人だと語っている。いるはずっ」
という男の影に潜む、とんでもない「もの」を浮き彫りにしていくさまは、終盤にかけて、どんどんスリリングになっていく。

で、それが、再読を何度しても毎回そう感じるというのは、クリスティの筆も、この頃、最高潮にのっていたという事かもしれない。


ABC殺人事件 (クリスティー文庫)/アガサ・クリスティー
2003年11月15日初版