『柳生忍法帖』 上巻 | 手当たり次第の本棚

『柳生忍法帖』 上巻

山田風太郎といえば、妖美華麗な忍者アクションというイメージがとても強い。
いや、エロティックさとグロテスクさが非常にうまくミックスされた「怪美な作品」と言う方が当たりか。
もちろん、これも、そういう雰囲気濃厚な物語なのだけれども、「忍法帖」と題されているわりには、即座に連想されるような、忍群と忍群のぶつかりあい!
……にはならない。

なんとも怪しげな能力をその身に備えた「芦名衆」、これは敵役であるから、山田風太郎作品らしく、華麗にかつ残酷に、闘って見せてくれるが、うーん、べつに、忍者というわけじゃないんだよな~(設定上も、いわば藩主の親衛隊みたいなもの)。
対するは、この連中に血族をむごたらしく殺された堀一族の女性七人、ということなのだが、もちろん、敵討ちを決意するまでは、たんに武士の娘というだけで、武芸を精進していたわけですらない。
もちろん、忍者ではない。
彼女らに味方する、沢庵禅師以下の禅僧も、もちろん、忍者とは違う。
また、彼女たちには、柳生十兵衛が「師匠」としてつくことになるんだけど、彼とて「忍者」とは違う。

では、忍法帖じゃあないじゃん!
……と、思うことなかれ(笑)。

そもそも、忍者とは、詐術や奇計を用いて、敵をあざむいたり攪乱するという存在なわけだ。
でもって、芦名衆がいかに異常な能力を持っていようが、
十兵衛が凄まじい剣の冴えを見せようが、
実はこの両者は、奇計と詐術をもって「虚々実々の駆け引き」により闘っているのだ。
その点がまさしく、本来の「忍術」合戦と言えるので、つまるところ、忍法帖というタイトルに間違いはないのだ。

しかし、たとえば『魔界転生』などに見るような、ともかくすごーい異能力者がめいっぱい活躍するような物語とは、やはり違う。
何しろ、いくら沢庵禅師の弟子僧とはいえ、なーんの武芸のたしなみもない坊さんが、禅僧らしい「覚悟」(つか、悟り?)を詐術にかえて、立派に敵に立ち向かっちゃうなんていうのは、全然、華麗な忍術(?)とは違うのだけど、シーンとしては凄まじい「冴え」があるのだ。
むしろ、十兵衛のスゴイ剣術シーンより、そっちの方が迫力がある。

また、武芸をそれまでたしなんだ事がないという設定上しかたがないところもあるのだろうが、「堀の女たち」も、常人離れした活躍をするわけではないため、山田風太郎作品にしては、
「華麗だがある意味、地味」
な作品にも思える。

思えるのだが、それでも、冒頭、いきなり鎌倉の東慶寺(あの有名な縁切り寺)に暴れ込む芦名衆という、もの凄まじいシーンが展開されるため、まずそこで読者は引き込まれてしまう。
そして、山田風太郎作品としては、なんとなくひと味違う(ようにも思われる)、物語の中に、ずぶっとはまりこんでしまうのだ。

さて、本作、文庫では上下巻になっているのだけれども、上巻は主に物語が江戸近辺を舞台とする。
幕府のお膝元であって、敵側も思い切った行動ができないという枷があり、
一方の「堀の女」は、敵討ちのために修行に励む段階というところで、
いろいろな制約のあるなか、戦いが繰り広げられるという、非常にテンションの高いものになっている。


山田 風太郎
柳生忍法帖(上)―山田風太郎忍法帖〈9〉
講談社文庫