『下妻物語』 ロリータはツッパリのサブジャンル | 手当たり次第の本棚

『下妻物語』 ロリータはツッパリのサブジャンル


下妻物語。
なんともつまらないタイトルだ。
この作品の存在は、確か映画館で知ったのだ。
そう、映画の予告編で、見て。

ロリロリ娘とツッパリ娘による、茨城県の下妻を舞台とする青春ストーリー。
はあ……(‥
とりあわせは面白そうだが、ハッキリ言って、女の子たちが好みのかわいらしさではなかった……ていうより、
「ロリロリは、もっと色が白くて、痩せてて、透明感があって、人形みたいなのじゃなきゃ、いやだ」
と思ってしまったんだな。
だから、映画は見なかったし、当然、原作の小説に手を出す事もなかったんだよ。

ところが。
なんかしらん、最近周囲でやたらと人気なのだ。
話題にのぼるのだ。
ミステリ書きの友人とか、
ライトノベル書きの友人とか、
製薬業界の友人とか、
あるいは……。
ともかく枚挙にいとまがない。

しかも、そろえたように見事に、彼らは、
「本には一言ある、あるいはすごく趣味にうるさい人々」
だったりするわけだ。

「とら~、とらも読んでみない?」
「いや、俺、ファッションとかわからないから。ブランドだって知らないし」
「知らなくても読めるよ(たぶん)」
「女が主人公なんでしょ?」
「ただの女の子じゃないから!」
……ただの男とか、ただの女でない人々に、そう言わせる主人公とはナニモノだ。

「……じゃあ……貸して下さい」
「いいよ、あ、でも、うちのは誰それに貸しちゃってるから……」
「う~んとうちのはどこにあったかな」
「あ、だいじょぶだいじょぶ、たぶん、うちのを貸せる」
待て!
もしかして、みーんな、私に読ませようと手ぐすねを引いているのか!
「OK、あったあった。『下妻物語』と、『下妻物語 完』を送るから!」
待て待て!
2冊あるのかよ(‥

そして、どん、と手元に届いた下妻物語なのだが。
実は不覚にも、読み始めてすぐに、腹をかかえて笑ってしまったのだった。
主人公は、ロリータさんの方なのな。
それが、まず、ロリータと、ロココ趣味について語る。
いや、それが、なかなかうがっているというか、的確というか、
「うんうん、そうだよなあ」
と納得しつつ、かつ、背後にはフラゴナールなんかを思い浮かべたりしつつ
(本作では他の画家などがあげられているが、私はロココ絵画ならフラゴナールに思い入れがあるのだ)
なぜこうも笑えるのか。

それは、ロココ趣味が、自堕落であり、夢見がちであり、女性的であり、かつアナーキーである。
それを見切っている高校生の主人公の語り口が、
やれロリータだなんだ、というと、必ず判を捺したように使われる、えせお嬢様口調ではなく、
たしかにある意味お嬢様っぽくていねいなように見えて、その実彼女の育った背景にふさわしく、かつ十代後半の少女にはありがちな、いささか乱暴かつ切り口上な口調で滔々と語っているところ。
その語り口が実に絶妙なのであった。

ロリータとは、字義通り、少女趣味とほぼイクォールであると思う。
少女である事をポリシーとし、少女たる事を願うというのは、逆にいうと、大人になる事を拒否している事でもある。
しかし、ふりふりひらひら、レースいっぱい、いったいあの服の構造はどうなっているのやら。
その、ふわふわ可愛い外見は、実のところ彼女らの鎧なのである。
何に対する鎧かって、そりゃ、大人に対する鎧だよな。

男よりずっとフクザツな生き物である少女は、子供である事を早々に脱しながらも、
大人の世界には不信感を持っていて、だからこそ大人になる事にためらいがあって、
「あんな大人にはならない、なりたくない」
と思いながらも、ではどこへ行けばいいのか、自分でもまだわかっておらず、
それゆえ、レースとフリルという鎧をまとって、防衛力を高めている。
なんなら、鎧じゃなく、卵の殻だと言ってもいいかもしれないが。

すなわち、いくらかわいく夢見がちに見えようとも、実は、彼女らもまた、一種のツッパリなんだな。
頭は、いわゆる不良とか、ツッパリとかより、もしかすると、いいのかもしれないけど。
また、主人公が時々漏らす通り、そういう、世間から(大人から)、
「あのかっこうは何。へんだねえ?」
と思われるようなかっこうや生き方を通そうとするのは、それなりの突っ張った精神が必要なのだ。
そして、そういうとこが、も一人の主人公である、イチゴと通じ合える部分だったのだろう。

ヴェルサーチだ、ベイビィなんとかかんとかだ、などととびかう、ファッション用語を全部とりはらってみれば、日本の、しかも少女版の『スタンド・バイ・ミー』なのだ、と言ってもいいかもしれない。
だけど、そういう枝葉末節というか、ちょっとしたウンチクたれというか、そういうところがなければ、この物語の面白さは、半減だろう。
なぜなら、桃子なりの、またイチゴなりの、そうしたものへの「こだわり」が、彼女らのポリシーそのものなんだものな。


嶽本 野ばら
下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん