『サスペンスはきらい』 世界一なさけない探偵 | 手当たり次第の本棚

『サスペンスはきらい』 世界一なさけない探偵


探偵ものは数々ある。別に本格じゃなくて、「探偵」が他に本業を持っている場合のものでも、たーくさん、ある。
でも、ミステリに登場する探偵なら、ふつー、本職だろうがなんだろうが、みごとに事件を自力で解決するもんじゃないですか?
運だよりでもいい。とりあえずともかく、自力で。
それが探偵だろ?

ところがそうじゃないのもいるんだなあ。
世界でただ一人かもしれないけど、ともかくなさけない「探偵」が。
パーネル・ホール描くところのスタンリー・ヘイスティングスが、それ。
もうこれで13作目なのに、シリーズタイトルがついていないほど、「控えめ探偵」な、彼。
腰巻にもこう書いてあります。
「人生裏目続きの控えめ探偵」。
ある意味すげーかわいそう。
でも、また、ある意味パーフェクトに、現代の典型的なお父さん。

スタンリーは、作家志望なんだけど、妻と小学生の息子がいて、家族を養わなければならない。
一作も売れた事がない作家「志望」であるから、それじゃ勿論食っていけないので、友人のツテで、探偵をやってるんだ。
といってもね、シャーロック・ホームズやポアロみたいに、謎めいた殺人事件を解決するわけじゃないし、かといって、よくある興信所の探偵みたく、浮気してるかもしれない旦那や奥さん、結婚前の婚約者、就職前の学生の行状なんかを調べているわけでもない。
何をしてるかっていうと、
「すみませんが、道路で転んでけがをしたジョン・スミスさんはこちら?」
スミス氏に会って、怪我の様子を写真にとり、転んだ現場を見て、転ぶ原因になったかもしれないひび割れだの段差だのを写真にとり、スミス氏に訴訟を起こす事に関する書類にサインをもらい、事務所に持っていく。これ、全部時給で事務所から払ってもらってるんですね。
事務所とは弁護士の事務所。
この事務所では、主として損害賠償を扱っている。
訴えられた法人や個人が裁判に負け、賠償金が入った場合、その何割かを弁護士の事務所がもらうわけです。入ってこなければ、なんにもなし。
怪我をした人は(ある意味)まるもうけ、弁護士は自分の腕によりをかけ、ネタになる怪我人を依頼人として確保できるかに生活がかかってる(そしてけっこう儲かる)。
こういう仕事に雇われる「探偵」を救急車の追っかけとか呼ぶそうで、もちろん、尊敬される仕事とは言い難い。

それでも、一応、探偵の免許は必要なんだそうで、スタンリーも、そのおかげで探偵の免許ってやつを持ってると。
で、たまに、間違って彼に何か捜査を依頼しに来る人がいる!

でも、スタンリーはぼんくらなので、ぜーんぜん、自分では事件を解決できないのだ。そのつど、警察にいる知人をわずらわせたり、奥さんに知恵を借りたり。しかも、そうやって他人に頼りながら、
「でも、私はこうなんじゃないかと思うんだけど……」
思うなら知恵を借りに行くなよ!(笑)

かなりうっとうしそうだけど、奥さんも知人も彼を見捨てないのは、見てると、なんとなく、
「あいつ、だいじょぶかな」
と思わせるところがあるからなんだろう。善人なんです、スタンリーは。で、どうもはたから見てると(勿論、読者から見ても)、足下にすら目が行き届いてなくて、次の瞬間にはすっころぶんじゃないかとハラハラしてしまうほど。
目をはなしてられないよなあ。
そう。そんな感じなんだよね。

さて、今回スタンリーがめぐりあう事件は、電話による脅迫事件。
てか、ほとんど嫌がらせに近い感じの。
有名な(三文)サスペンス作家の奥さんが、
「お前を殺す」<ヒイロ・ユイみたくかっこよくはないよ
と、ほとんど定時に、電話で脅迫されているのを、何とかしてくれってわけ。
かなりしよーもない事件なのに、なぜかそれが殺人事件に発展してしまう!
今回は犯人扱いされる事はない。らっきー。
そう思ったら、なんとスタンリー自身が拉致されてしまった!

作中、人気サスペンス作家が、とうとうと、
「サスペンスはミステリと違うんだ。犯人が読者にわかっていても差し支えない。唐突に出てきたってかまわない。ともかく、主人公が次の瞬間どうなるか、ハラハラドキドキさせることができさえすればいいんだよ」
と持論を語るんだけど、それとそーっくり、同じように事態が展開していくんだよね。
おまけに、こいつが犯人か? と思わせる人物が、ひとり、ふたり……。

さて、今回の物語はミステリなんでしょか、それともサスペンス?

読者の目の付け所を惑わすためのいろいろなものがあちこちに散乱してまして、犯人の目星はまったく、つけづらい。いっそ今回の話は、そんなものに気を取られずに
「スタンリーのやつ、まったくドジだよなあ」
と思いながらハラハラドキドキ、読むのが正しいのかも。

著者: パーネル・ホール, 田中 一江
タイトル: サスペンスは嫌い  ハヤカワ文庫HM