【スピリチュアルケア学概説】 死の前で存在と意味の消滅から生じる苦痛をスピリチュアルペインと呼ぶ | 本好き精神科医の死生学日記 ~ 言葉の力と生きる意味

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「こんな苦しみに耐え、なぜ生きるのか…」必死で生きる人の悲しい眼と向き合うためには、何をどう学べばいいんだろう。言葉にできない悩みに寄りそうためにも、哲学、文学、死生学、仏教、心理学などを学び、自分自身の死生観を育んでいきます。

スピリチュアルペインは、色々な人が定義しているようですが、

その中に「村田理論」と言われるものがあります。




■スピリチュアルケアの定義

村田久行のスピリチュアルケアの基本は、
現象学と実存哲学に立つもので、
人間を時間存在・関係存在・自律存在としてとらえ、
その自己が死の現実の前で自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛
スピリチュアルペインと呼び、
そのペインの緩和をスピリチュアルケアとしている。

具体的には、
時間的存在である人間は
死の接近により将来を失う」ことで生じる「生の無意味、無目的」に対して
死をも超えた将来の回復がスピリチュアルケアの目標となるとしている。

また関係存在である人間は、
死の接近により他者との関係を失う」ことで生じる「自己喪失の不安」に対して
「死をも超えた他者との関係の回復が、スピリチュアルケアの目標になるとしている。

さらに自律存在である人間は、
死の接近により自立と生産性を失う」ことで生じる「無価値、依存・無意味」に対して「自立と生産によらない次元で自律(自己決定)の回復が目標となる」としている。

村田はスピリチュアルペインの構造を明らかにし、
ケアの方法を哲学的立場に立ちながら、
宗教の枠組みを超えたところで
誰に対しても可能なスピリチュアルケアの方法を明らかにしている。


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人間を、

時間存在、関係存在、自律存在、

この3つの側面から見つめてみる。



まずは、時間存在としての自分。

過去これまでの苦労、努力の集大成が現在の自分を支え、

未来への希望、夢、可能性がいまの自分に生きる力を与えてくれる。

過去と未来の接点としての現在に生きるのが、わたし。

将来が閉ざされ、真っ暗な未来にぶち当たったとき、

「どうせもうすぐ死んでゆくのだから、何をしても意味がないのに、なぜ生きるのか」

「死んだら一体どうなるんだろう」

という不安や絶望、時間性のスピリチュアルペインが生じる。



また、関係存在としての自分。

人は一人では生きては行けず、

多くの人との関係性の中で、お互いに支え、支えられて生きている。

アイデンティティーと言われるような、

自分が自分であるための根拠も、

誰かのため、何かと繋がっていられるから、という関係性に与えられることは少なくない。

それが、

「死んでいかなくてはならない私」と「まだ生き続ける周囲の人」

という、越えられない溝によって切りはなされるように感じるのも無理はない。

強く信じられる人、深い関係性を築いてきた人ほど、

別離の悲しみも深く、深刻な孤独に襲われ、

「自分なんて、いてもいなくても変わらない。世界はいつもと同じように回り続ける。

 それならば、自分はなぜ生きるのだろうか」という、

関係性のスピリチュアルペイン。


そして、自律存在としての自分。

自分のことは自分で決める、

自分のことは自分でできる、という自律は、

自分の人生を生きるためには不可欠なもの。

自分にも誰かのために、何かのために役に立っている、

価値を創造しているという生産性も、自分の存在に価値を与えてくれる。

「自分で自分のことができずに、周囲の人のお世話になりっぱなし。

 迷惑ばかりかけて、お荷物になってしまっている自分なんていない方がいい、

 それなのに、自分の存在する意味はあるのか、

 なぜ生きるのか」

という、自律性のスピリチュアルペイン。




未来に絶望し、

独りぼっちになり、

何も生み出すことができない、

それなのに、なぜ生きるのか。




裏を返せば、

未来に希望を持ち、

周囲に感謝して、

他人の幸せのために生きられることが、

人間の幸せにとって、如何に大切なことかが分かります。



そう思えば、スピリチュアルペインは、

終末期の患者さんだけの問題ではなく、

誰でも関係のある問題なんだと思います。

また、そうでなければ、スピリチュアルケアはできないとも思います。





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