ポルトガル語で酔っぱらう | ことばの魔法 ことばのチカラ~ことば探検家ひろが見つけたコトバと人間

ことばの魔法 ことばのチカラ~ことば探検家ひろが見つけたコトバと人間

ことばに宿る、不思議なチカラ。
人間の言語習得やコミュニケーション能力の奥深さはまだ解明されていないけれど、とんでもなくおもしろい。
気づいたら私のコトバ探検は本格化されていた。

いつも聞いているCDがある。

英語を始め、同じお話をスペイン語、フランス語、中国語、
韓国語、ロシア語、ドイツ語…などたくさんの多言語で。
『多言語』ではなく『たくさんの多言語』で、というのがポイントだ。

コトバを○○語、△△語とわけずに多言語で触れるようになると
人間のコトバの全体が見えてくる。

違いも見えれば、思わぬところに共通点があることも発見できるのだが
これは単に「単語が似てる」とか「リズムが似ている」というだけではなく
文化の広がりの歴史や人間のルーツにまで関係してくるから興味が尽きない。

この“いつも聞いているCD”だが、
最初に私が聞き始めたのは日本語を含めた7カ国語だった。

その頃、すでに私に“外国語アレルギー”のようなものはなく
どちらかというと
「いっぺんにたくさんのコトバが習得できちゃうなんてラッキー」
という感覚だった。

一生懸命勉強したのに、初めてネイティブの英語に触れたとき
「何を言っているのかわからない」「英語を聞くのが苦痛」
という感覚を抱く日本人は多い。

でも当時の私はすでにその感覚は過去のものとなっており
「CDを聞いても何語かわからなくて苦痛」という感覚はなく
「何を言っているのかはわからなくても、何語かの区別ならほとんどつくなぁ」
という状態だった。

そんな私だったが、それまでに学んだことのある言語といえば英語。
もちろん日本語は母語だから、苦もなく話せるわけだけれど
それ以外の言語に関しては完璧ゼロだった。

だが、当初から私は妙にスペイン語が聞きやすかった。

「スペイン語は日本語と母音が同じだから日本人には聞きやすいのよ。
 だからじゃないの?」
なんて言われることもあったが、それだけじゃないのは確実だ。
だってそれなら、すべての日本人が私と同じ感覚にならなければおかしいでしょ?

他にも同時に英語、韓国語、中国語、フランス語、ロシア語なども聞いていたのだけれど
自分の中に入ってくる感覚は言語によって異なる。
自分の中に落ちる速度も、クリアさも、意味を掴む感覚も。

とにかく私はスペイン語が聞きやすい。
そして真似しやすい。

そんな感覚を持ちながら、多言語に触れ続けたある日。
同じストーリーのドイツ語版を入手した。

聞いてみると、とても不思議な感覚が私の中に沸き起こった。

ドイツ語だけ、『新参者』なのだ。
私にとって。
『よそ者』というか、それまで触れていた日本語以外の6カ国語を
私はとても身近な存在に感じている自分がいることに気がついた。

だがもちろんそこでドイツ語を仲間はずれにすることもなく(笑)、
私はその後もマイペースに多言語に触れ続けた。

そしてそのうち、私はまた自分の感覚の変化に気づく。

それは “ドイツ語がこっち側に寄ってきた” 感覚だった。
それは何とも愛おしい感覚。
「よく来たね~。もう仲間だね」という感覚だ。

そしてその後もコトバは増え続けたのだが
不思議なことに、それ以降新たにやってきた新参者の言語たちは
ドイツ語ほどの違和感を私にもたらすことはなかった。

もちろん、初めて耳にするときに“慣れない感覚”というものはある。
だがそれも、コトバが増えるに従って『よそ者』感覚はなくなり
『新参者がこっち側に寄ってくる』という感覚に費やす日数も
ほんのわずかなものとなっていった。



そんなある日、イタリア語版を入手した。

初めて耳にしたとのとき。
衝撃だった。

 なにこれ?!

 ものすごく聞き取れる!

 とても初めて聞いているものとは思えないんだけど!!

そのくらい、ストーリーがどう展開されている場面で、何を言っているのかがわかったのだ。
気持ち悪いくらいに。

これは明らかに、自分の中にスペイン語のベースがあったからこそ感じられた感覚だった。

おもしろい。
ものすごくおもしろい。

スペイン語とイタリア語はよく似ている。
陸続きのヨーロッパ。
その中でももともとラテン語系ということで、共通項は多い。
ネイティブ同士、会話も可能だ。

とは言え、私はスペイン語のネイティブスピーカーでもなければ
勉強をしたこともない。
当然文法なんて知らないし、単語や構文の暗記も読解もしたことはない。

私の中にあったのは、スペイン語の音と、
それを真似しているうちに気づいたものたちだけだ。

それでもわかる。
スペイン語じゃなくて、イタリア語がわかる!

これはきっと、スペイン語一言語だけを文法から入って勉強していたら
絶対に得られない感覚なんだろうな、とその時思った。



そして時が経ち、メキシコから帰国した私の手元に
今度はポルトガル語のCDが届いた。

さて。
何が起こったかというと…


 ぜ ん ぶ わ か る !!


スペイン語でわかっているところはすべて。

それはまるで、酔っ払ったスペイン語のようだった。

ポルトガル語はスペイン語やイタリア語に似ている。
背景は前述した通りだ。

が、よく聞いてみると、このポルトガル語は
ちょうどスペイン語とイタリア語の中間に位置している。
(※ 言語学的にどうか…という話は脇に置いておいていただきたい。
  今しているのはそういう話ではないので)

コトバをバラバラにするとスペイン語と似ているけれど
全体のリズムというか波は、イタリア語に近いのだ。

そして奇妙なことが起こった。


ポルトガル語が聞こえてくると、私の頭の中がグルグルまわるのだ
まるで酔っ払ってしまったスペイン語の波に攫われたように。
私自身が、ポルトガル語の波に酔わされる。
気持ち悪くなるくらいに。


こんな感覚が、他の人にも起こるものなのかはわからない。
でも私は、ひっくり返りそうになるほど、ポルトガル語に酔わされた。

我家において、このポルトガル語は『新参者』だ。
今後、いつまで私が彼に酔わされるのかはわからない。
しばらく続くのかもしれないし、2~3日で慣れるのかもしれない。

すごくおもしろい。

けど

酔っ払うのは気持ち悪いので、できれば早く慣れてくれると嬉しい。