「秘密結社Ladybirdと僕の6日間」(喜多川泰)
この本の主人公・桜山颯汰のように、必死に練習してうまくいかなかったらカッコ悪いしガッカリするので努力はしたくない、才能があると褒められたい、楽して成功したい、と思ったことは誰しもあるのではないか。
自分自身、まさにそうだった。なので、このストーリーにはとても入り込めた。
自分でもすごいと思えるくらい頑張って、その分の成果・充実感を得た、というある経験をしてから、過去のふらふらしていた自分が恥ずかしくなった。
また、部下や周りに、才能があるのに手抜きなどをする人を見ると、この物語の熊谷謙治のように、無性にイライラすることがある。
他人のことはともかく、これからも、自分に嘘をつかずに、逃げずに、生きていきたいと思った。
そして、かっこよく生きる人を育てることに多少なりとも貢献できたらな、と思う。
以下、備忘
熊谷謙治
「青年、お前かっこいい男になりたくねぇか?」
「・・・すごい奴を前にすると、すぐにやる気をなくす。そのくせプライドが高いもんだから、必死で練習して相手に勝つことよりも、必死で練習して相手に負ける姿を周りに見られるのが嫌いだ。だから、練習をすることよりも、しないことを選ぶ。・・・
・・・そういう奴は、楽して、いい結果が得られる方法をいつも探している。・・・」
「結果として、周りは褒めてくれるかもしれない。練習しないのに才能だけでそこまで行けるなんてすごいってな。だけど、他人はいくらだませても、自分はだませねぇぞ」
「・・・お前は自分をだますことはできない。お前は知ってるんだよ。逃げたってことを。人に聞かれればいちいち理由を説明できるだろうが、お前だけは、自分が逃げたってことを知ってる。・・・」
「覚えとけ、兄ちゃん。そういう奴は、端から見ててかっこわるいってことを」
「・・・お前がかっこいい奴になりたいのなら、もう逃げないって決めろ。お前は、無意識のうちに逃げるのが癖になってる。そして逃げずに戦ってる奴をバカにして生きることで辛うじてバランスをとってる」
「お前には、他の奴にはない才能がたくさんある。それに気づくためには、運もあるだろう、それもある。あと足りてないのは、逃げないって覚悟だ。逃げないって決めて自分を磨いてみろよ。何にもしないで開花する才能なんてねぇんだよ」
桜山颯汰「そんな根性なかったよ。辛いことから逃げるの専門だもん俺」
山村風太「それが言える奴は強いよ。みんなそれをごまかして生きてるからな」
桜山颯汰「初めて言った。今までごまかして生きてきたからな」「でも、もうやめるわ。逃げるの」「だって、かっこわるいもん。負けてもいいから本気でやろうと思う」
二階堂肇
僕は、正月になると神社で毎年お願いしていることがある。
それは、
『僕は努力をする。だから、それにふさわしいものを与えてください』
という言葉だ。
それ以上でも嫌だ。それ以下でも嫌だ。
自分の努力にふさわしいものが、自分の将来に手に入るそんな生き方をしたい。
そして、それが与えられることを信じている。
だから、僕はどこまでも、どこまでも頑張る人でいたい。
僕は、自分のやってきたことにふさわしい人になりたい。
おわりに
とりあえず約束したことだけを守りさえすればいいというスタンスの人もいれば、自分のベストを尽くして約束を守ろうというスタンスの人もいるし、相手の予想を超えることをして、喜ばせることをして初めて約束を守ったことになると考える人だっている。どの人も誰かと交わした約束を守っているという意味では、同じではあるけれども、それによって手にする信頼、人との繋がり、そして、得られる仕事という意味では大きな違いがある。だからこそ、どうせ約束を守るなら相手の予想をちょっとだけ超えることを考えた方がいい。僕はそう思っています。『約束を守りさえすればいい』という想いで仕事をすると、それをやっている時間はすべて義務になり、その時間はできるだけ短い方がいい、と思うのが当然で、そういった意識でやっている仕事というのは、その時間が苦痛になります。でも、『相手の予想をちょっとだけ超えてみよう』と考え方を変えた瞬間から、それをやっている時間は想像力を活かした、ワクワクした時間になり、工夫をして手間暇かけるのが楽しくなってくる。そういった意識でやる仕事というのは、時間を忘れて没頭することができます。
世の中には、誰にとっても守るのが非常に困難な約束があります。それが「自分との約束」です。・・・僕が子供の頃、大人たちはよくこう言って子供を育てました。「お天道様は見ているよ」・・・今の人が「自分との約束」ととらえていることも、お天道様は見ていると思って育った人は、「自分ではない誰かと交わした約束」になります。・・・僕にとって、かつて祖母や母から教えてもらった「お天道様は、いつも見ている」という言葉は、とても大切な人生の柱となっていることは、まぎれもない事実です。