第101回 俺と真夜中のジャズを演らないか?
さすらうギターマンの是清です。
100回の峠も越えたことですし、ちょっと雰囲気を
変えて行こうかなと思ってます。
明日に備えてお主は寝よ
「明日に備えてお主は寝よ」
と曼荼羅が言った。彼とはちょとした知り合いだった私は
「うん。イエス」
と大変心地のよい返事をし、二階の書斎に引っ込んだ。
ぱりぱりに清潔感溢れるベッドのシーツで寝返りを打った時、階下から奇妙な物音が聞こえた。
ゴトゴト、ドスン
「ゴトゴト、ドスンとな?」
私は目をぱちりと開いて枕元のスタンドの明りを灯した。
「う、ちとこれは眩しい」
と私はひとりごちた。
それから私がどうしたかというと護身用に壁にたてかけておいた金属バットを握り締めて階下へ降りていったのである。
「おいそこに誰かいるのかいるなら返事をしないかこいつめ」
私は叫んだ。
「俺だよ、是清」
暗がりに現れたのは他でもない。ちょとした知り合いの曼荼羅だった。
「おい、お前、そこで何をしている?何かするくらいだったら明りぐらいつければいいじゃあないか」
私は言った。そして金属バットを振り下ろした。ゴンという鈍い手ごたえがあった。
「あたたた」
声がした。私は電気をつけた。曼荼羅が片膝ついて、おでこのあたりを押えていた。
「おーいて」
「お前が悪い」
私は言った。
「どれ、見せてみろ」
曼荼羅は素直に額を見せた。鍍金の剥がれたくすんだ木製の頭部にたんこぶが出来ていた。
「おい、お前、救急箱を持って来てやるからそこで待ってろ」
私が座敷の押し入れの下にもぐりこんで救急箱を持って来くると、曼荼羅はソファに胡座を組んで深夜放送のF1レースを観賞していた。
「随分呑気だなあ。頭割られるところだったてのに」
私は半ばあきれて言った。それから赤チンを曼荼羅の固い額に塗りたくり、上からぐるぐるとでたらめに包帯を巻きつけた。
「さ、これでよし」
曼荼羅は手鏡で自分の顔をためつすがめつ点検し、溜息を吐いた。
「暗がりでいきなり殴りかかるなよ」
とふてぶてしく言う。
「なんせお前が悪い。一体何をしていたのだ」
私は問い詰める勢いでたずねた。曼荼羅は欠伸をした。口から「浄」や「空」や「無」といった漢字が飛び出してふわふわ中空を漂ってうっすら消えた。
「別に」
曼荼羅は高校二年生のような口ぶりで言った。
私は冷蔵庫を開けて麒麟一番絞りを取り出しぷしゅと蓋をあけて喉をごくごく鳴らして飲んだ。
「俺も貰おうかな」
曼荼羅が言った。
「錆びるぞ」
「もう錆びてる」
「ちぇっ、居候の癖に」
しかたなく私はコップにビールを注いでテーブルの上に置いた。
曼荼羅は持っている長い杖で床をドスンと叩き、シャイイインと鈴を鳴らすと満足して頷きながらビールを飲み干した。
「俺は寝るよ」
「おやすみ」
私は書斎へ引き上げた。そして捻れた形のベッドシーツにわが身を投げ出し、スタンドの明りを消した。
耳をすますと階下からテレビの音がかすかに漏れてくるのが聞こえた。
「あいつ夜更かししやがって。全体夜中に何をしてやがったんだろう」
そう思いつつ私は目を閉じてたちどころに寝入った。
嫌な夢を見た。
枕元に曼荼羅がいて目を閉じ、片手を口元に立てて杖をふるいながら念仏を唱えているのだ。私はおい、それをやめろ、眠れないからやめろと叫ぼうとするのだが身体がどうにも動かない。そのうち曼荼羅の身体が発光し、カッと目を開けると同時に後光に炎がゆらめき部屋は大変蒸し暑くなった。そこで目が覚めた。
翌朝、曼荼羅の姿はなかった。冷蔵庫のチルドに入れていたステーキ肉もなくなり、豆の缶ずめとレトルトのカレーも無くなっていた。
そしてテーブルの上には昨夜飲んだビールのコップの下に書きおきがあり
御免
とだけ書かれていたのである。
明日への一言
「明日からちゃんと書きます」
是清