弟九十五回 怪しい来客簿 | マタタビ堂  

弟九十五回 怪しい来客簿

ちょっと嫌なことがあるとすぐ是清です。


こんばんわ。


昔ギャングだった頃の話をします。


その昔、僕はとるにたらないギャングでした。


壁際が好きなギャングでした。


得意分野は尾行でした。


物陰に潜んで標的を狙い済ましていました。


革靴の裏にゴムをつけていたので


足音はかき消されるのです。


マンホールから湯気のたつ路地裏なんかが


僕のテリトリーでした。


朝は八時半に出ます。


朝食はたいていシリアルですませます。


パックの半分程牛乳を飲みます。


クローゼットの中は七着黒服が下がっています。


もちろんネクタイも七着です。


どれも黒ですね。


それを身に付けて混雑する電車に揺られ


七つ目の駅で降ります。


七つというのが僕のラッキーナンバーです。


組織のある地下におりるドアの前で


僕はつけられてないか指差し点検します。


後ろ手にノブを回して階段を降ります。


「おはようナンバーフォー」


ボスが新聞を読んでいます。


「おはようございますボス」


今朝の掃除当番のギャングが


机の上を布巾で拭き、もうひとりが


便所掃除しています。


「ナンバーファイブは腹痛で遅れるそうだ」


便所を磨いてきたナンバーツーが言います。


九時を知らせるアラームがじりりりりりと鳴ります。


ナンバースリーがテープをかけます。


我々は机の前に並んでおいっちにラジオ体操を


はじめます。


おっとただのラジオ体操ではありません。


「腕をー懐にいれてー、抜き撃ちの運動ー」


「指先をそろえてー、四十五度に振りおろす


手刀の運動ー」


そんな感じです。(ええ疲れてるんです、多分)


最後は深呼吸して終わりです。


ボスが朝礼をはじめます。


ボス 「ぬかるなよ?」


一同 「イエッサー」


てな按配ですね。


僕はいかにもギャングらしい振る舞いで


営業にでます。


グラサン越しに抜け目無く街を徘徊するのです。


行き交う人は見てみぬふりをしていきます。


時々、おい、あいつギャングじゃねえか?と


囁かれたりします。


そんな時は決まってグラサン越しに不適な笑みを


浮かべてやり過ごします。


ギャングは立ち読みなんかもってのほかです。


喫茶店でコーヒー一杯飲むのにも気を使う


のです。


時々他の組織のギャングと鉢合わせしたりします。


そんな時は野良猫のようになるだけ目をあわせ


ないようにしてすれ違うのです。


一度目があったら最後、どんな抗争がおっぱじまる


が気が気ではありません。


一度ひやりとしたことがありました。


バス亭にいた時分、隣の方が小銭を落としたので


しゃがんで拾ってあげようとしました。


もちろんギャング的に、一度転がるコインを踏んでそれから


ひろってあげるのですが、顔をあげると小銭を落とした相手が


ギャングでした。一瞬至近距離で顔をあわせて我々はものの


五分程グラサン越しに見詰め合って動けませんでした。


随分冷や汗をかいたものです。


僕は咳払いして背を向けて見なかったことにしました。


相手も腕時計に目をやりながら、そっと落としたコインを


足でたぐりよせるといった按配です。


ギャングの世界とは実に生きにくいのです。


と思うと、歩いていて背後からだしぬけに


「おいそこのギャング」


と酔っ払いに絡まれることもあります。


「俺ですか?」


とうっかり振り向いてはいけません。


ギャング的に一度ピタリと静止して、肩越しに


わずかに振り向くのです。


呼び止めた相手が後悔する時間はだいたい三分前後


です。それで立ち去ってもらえない場合は


そうとう酔っているとみます。


ゆっくり百数えて、それから振り返ります。


「きどってんじゃねえよ」


そういった因縁が多いです。


気の荒いナンバースリーなんかだと


つかつか歩み寄ってぐいぐい耳をひっぱりあげたり


するんですが、僕はそんなことしません。


まずジャケットの懐に手を差し込みます。


それから他所を見ながら標的に真っ直ぐ歩み寄ります。


ここまでで標的が逃げ出さなかったから


すべからく懐からそいつを取り出すのです。


ここまでのジェスチャーで七割型相手の酔いも


覚めちゃいます。


僕は取り出した真っ白いハンカチで殊更大きな音を


たてて鼻を噛みます。


それから、相手がやせ我慢して脂汗を流してる


ようだったら額を軽くハンケチでふいてやり


肩を優しく叩いて立ち去ります。


午後五時。


仕事をおえて事務所に戻ります。


終礼です。


ボス 「明日もぬかるなよ」


一同 「イエッサー」


ボス 「では解散」


そのようにしてギャングな一日は終わります。


帰り道、デパートの惣菜売り場で夕飯を


買って帰ります。


それから熱帯魚に餌を撒き、テレビを見て


午後十時にはベッドに入ります。


読みかけの「ギャング入門」を閉じ


枕元のスタンドを消して十一時には就寝します。


「明日も平和でありますように」


今日の一言


       「他人と違うバランスのとりかたをすること」


                              怪しい来客簿