第九十二回 熱き鼓動の果て | マタタビ堂  

第九十二回 熱き鼓動の果て

さくさくっと更新中の僕是清ドットコムです。


昔々、我々は劇団をたちあげました。


正確には立ち上げようとした、しかしそれはなし


えなかった、というのが本当のところです。


またかい、ですね。


以前紹介したワイン通の友人とそれを


おもんぱかったのであります。


ここでは彼をワイン君と呼びましょう。


「俺は演劇のことは何もしらない」


彼が出し抜けに言いました。


午後五時。彼の家から歩いて五分の


居酒屋は空いたばかり。


「のぞむところだ。俺だって何も知らないよ」


僕は枝豆を噛みながら請け合います。


「だいたい演劇という枠に囚われるのがいけない。


俺たちは非演劇的なるものをおっぱじめようじゃないか」


勢いあまって彼が言います。


グビー。


ワイン君 「生おかわり」


僕 「ああいいとも。しかしそれではよっぽど演劇のなんた


るかをわかっていながらの話じゃないか?」


グビー。


僕 「同じく、生おかわり」


ワイン君は一頻り考え込んでいます。


ワイン君 「・・・・ま、そういうな」


うふふ。ということでゆるい感じで我々の劇団作りは


はじまりました。


僕が熱心に書いた「バラクーダ三世の悲劇」を基に


彼の又従兄弟の知り合いで、地元のアマチュア劇団


に所属している男が、彼の家を訪ねてくるところから


はじまります。


他でもない、それは「オーディション」ですね。


早い話それやりたかっただけじゃないのか?と


僕は今の自分に問い掛けます。


そんな軟派な動機はこのさい蓋をして放置しておきましょう。


言っておくが彼は真剣でした。


我々は居間に胡座をかいて土曜の夕方、顔あわせをしました。


最初から彼に決まっていたようなものです。


「(仮に)倉橋と申します。この度はよろしくお願いします」


そういわれると逆にこちらが恐縮する次第です。


僕と友人は顔を見合わせました。


ワイン君 「じゃ、じゃあちょっとこいつを読んでもらおうか」


僕 「お、おう」


彼は薄っぺらい自家製の台本を渡します。


倉橋君はそれまで緊張した感じで正座していた


のですが、台本を受け取るや


すっくと立ち上がって


倉橋君 「ああ、まさかそんなことはあってはならないと思っていたよ博士!」


その声の迫力に我々は圧倒され、薄い壁を隔てた隣家の


親父がかけこんでこないかひやひやしました。