恐ろしい本である。はっきり言って、これは我が国の言論界に投じられた1トン爆弾である。

 

賢明な読書家の皆様は、もちろんすでに読まれたことと思われる。橘玲(たちばな・あきら)『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書/20164月)。発売からすでに8ヵ月が経とうとしているが、都心の大型書店では、いまだに面出し平積みである。入れ替わりの激しい新書の世界においては、異例のことであり、今年2016年のベストセラーと言って差しつかえないだろう。

 

しかし、世間的には、ほとんど話題になってはいない。私の知る限り、テレビや新聞に取り上げられたことは一度もない。せいぜいヤフーなどネットの「ニュース」で2度ほど、本書の中で最も一般的に興味を引きそうなトピックスである「美人とブスの生涯経済格差は3,600万円」ということが興味本位に取り上げられただけである。

 

この本の何がそんなに恐ろしいのか? 未読の方は、可及的速やかに最寄りの大型書店に走り、新書の棚に平積みされている本書を手に取り、「まえがき」の4ページだけでも読むべきである。そこには、「世の中で起きているあらゆる出来事は進化の枠組みで理解できる」ものであり、それは諸外国では「専門家であれば、誰でも常識として知っていること」なのだけれど、なぜか日本では「黙殺されてしまう」と書かれている。

 

なぜか? 「現代の進化論が良識を踏みにじり、感情を逆なでする、ものすごく不愉快な学問だから」である。しかし、そのような「残酷すぎる真実こそが世の中をよくするために必要なのだ」と、著者の橘玲氏は説く。そして、とどめの一文がこれだ。「本書で述べたことにはすべてエビデンス(証拠)がある」。そう、本書が言論界(まだそういうものが我が国に残っていればの話ではあるが)やマスコミで見て見ぬふりをされ、無視または黙殺されているのは、本書の内容に間違いはなく、誰も反論できないからなのである。本書に書かれていることは、本当に「残酷すぎる真実」なのであった。

 

では、一体何がこの本に書かれているのか? 思い切って、要約すると「頭の良さも学歴も年収もルックスも性格も体も心も体の病気も心の病気も犯罪癖も、全ては遺伝であり、本人の努力も、親の努力(子育て。しつけ。家庭教育)も、周りの努力(習い事。塾。学校。教育)も、ほとんど関係ない」ということなのである。

 

これは、私たちが何となく薄々感づいていたことではあるものの、やはり親としては「子育ては子どもの人格形成にはほとんど影響を与えない」と言われると、さすがに辛いものがある。しかし、これが現実なのだ。

 

人間の醜いエゴ、本音がもろに出てしまうお見合いの場において、ルックスや身長、体型、学歴、年収、性格、健康状態、家族状況(つまり一族の中に変な人間がいないどうかということである)にこだわることは、当然であることが本書によって証明された。つまり、男も女も、ルックスや学歴、年収、性格に非常にこだわっているわけだから、本当に釣り合っていなければ(つまり、第三者から見て釣り合っていなければ)、結婚は難しい。男も女も、ごく普通の自分を過大評価し、ごく普通の異性の他人を過小評価しがちな現代において、男女の溝は、あまりにも広く、深い。