妊娠34週に切迫早産で10日間ほど入院し、そのまま実家に帰ってしまった妻の容体は安定していた。正常な出産の範囲と言われている妊娠37週に入り、もういつ産まれてもいいという状況になったけれど、まだ産まれそうにないらしかった。
妊娠38週に入った頃、医者から「散歩するなど、少し体を動かした方がいい」と言われたらしく、近所のドラッグストアまで歩いて買い物に行ったりしていたようだ。僕は、初産は予定日(妊娠満40週)より少し遅れるという知識があったので、切迫早産で入院はしたものの、やはり産まれるのは妊娠40週に入ってからだろうと、何の根拠もなく考えていた。
妊娠38週の最終日、週1回の定期検診の日だった。そろそろ産まれそうなのか、もう少しかかるのか、ある程度分かるかもしれない。そう思って、オフィスで仕事をしながら、妻からのメールを待った。検診は午前中のはずだったが、昼を過ぎても妻からのメールは来ない。ということは、特に何もなかったのだろうと、いつも通り仕事をしていた。
夕方、念のために携帯を確認してみると、妻からメールが来ていた。「今日の検診後、入院しました。少し破水したみたいなので、陣痛はまだですが、様子を見るために入院となりました。今は陣痛室にいるので、携帯が使えません。待合室からメールを出します。もし分娩室に入ることになれば、母から連絡します。私は元気ですし、赤ちゃんの心音も安定しているので、安心してください」。何と切迫早産で入院した時と同じく、また検診即入院なのである。
これはそろそろ産まれる。陣痛はまだだけど、妻と一緒に行った「プレパパ・プレママ教室」で助産師さんが「陣痛が始まってから出産までは平均12時間程度かかる」と確か言っていた。いつ陣痛が始まるかは分からないけど、明日の朝ぐらいに始まって、明日中には産まれるかもしれない。とにかく、陣痛が始まってからだと、はやる気持ちを抑えつけ、仕事を続けた。間の悪いことに、仕事が輻輳する時期に入っており、今日も夜10時過ぎまでは残業しないといけないのだ。
夜9時半頃、妻の母からメールが来た。「○○(妻の名前)は今、陣痛でうなっています」。これには驚いた。夕方の妻のメールは、どこかのんびりした雰囲気が漂っていた。しかし、すでに陣痛が始まっているのなら、今日深夜か明日早朝にも産まれるのではないか。慌てて、妻の母に電話すると「夕方5時半ぐらいから陣痛が始まり、今は陣痛室で苦しんでいる」と言う。すぐ上司に状況を伝え、明日は休むことになるだろうから、僕がいなくても大丈夫なように仕事の段取りをつけ、実家の母に電話した上で、病院に向かった。
病院に着いたのは、夜11時半頃。待合室に妻の両親がいた。待合室の隣りに、カーテンで仕切られたベッドがいくつかある陣痛室があり、そのうちの一つのカーテンをめくると、ベッドに横たわった妻と助産師さん(20代半ばぐらいの若くて白くて細い美人さん)がいた。妻は横向きに寝て、ベッドの枠をつかみ、苦しんでいた。赤ちゃんの心音がモニターされており、刻々と変わる数値が画面に表示され、増幅されたドクドクという音が辺りに鳴り響いていた。
僕の顔を見ると、「ごめんね」と言う。顔はそれほどしんどそうではなかったけれど、陣痛の波が来ると、あられもない声(そう、まさに喘ぎ声なんである)を出して、苦しがる。妻には珍しく命令口調で「背中をさすって」というので、そのようにする。「もっと下の方」というので、腰の辺りをさする。そうすると、少し楽になるようだった。しばらく喘いだ後、陣痛の波はいったん収まり、落ち着く。しかし、「あ、また来る」と言って、次の波が襲ってくる。その周期は、この時すでに数分間隔になっていた。これはそろそろ産まれる。「プレパパ・プレママ教室」で、陣痛の波の周期はだんだん短くなり、ついには産まれると教えられていたからだ。
妻の母が陣痛室に入ってきて、妻の体をさすり始めたので、待合室に戻り、妻の父と話す。しばらくして、妻の母も来た。話を聞くと、昨日の深夜にどうやら破水していたらしく、朝一番の検診ですぐ入院が決まったらしい。夕方5時半頃に陣痛が始まり、すでに6時間が経つので、そろそろ産まれるのではないか。産まれそうなら、分娩室に入り、分娩室に入ってから30分から1時間程度で産まれると聞く。ということは、やはり今日深夜か明日早朝である。実家の母にメールで状況を知らせる。「元気な赤ちゃんが産まれるように祈っています」と、すぐ返事が届いた。
妻の母はまた陣痛室に戻り、妻の父と待合室でその時が来るのをじっと待った。隣りの陣痛室から妻の苦しそうな喘ぎ声が聞こえてくる。今夜、陣痛室に入っているのは妻だけで、貸し切り状態だった。
深夜1時を過ぎ、2時を過ぎたけど、妻が分娩室に入ったという知らせは来なかった。そして、深夜3時過ぎからは妻の喘ぎ声もあまり聞こえなくなった。妻の母が待合室にやって来て、状況を教えてくれる。助産師さんが付きっきりで様子を見ているが、まだ産まれそうになく、こう着状態だと言う。「私や上の娘は5時間ぐらいで出産していたので、昨日のうちからもう産まれると思っていたんですけど、あの子は体力がないのか、年なのかなかなか産まれません」。
深夜3時半頃、突然20代半ばぐらいの若いご夫婦が出産入院のため、やってきた。奥さんはそれほどお腹が大きくもないような感じで、スタスタ歩いている。お腹が大きく、ゆっくり歩いていた妻と全然違う。その15分後、また別のご夫婦が来た。このご夫婦も若く、奥さんはやはりスタスタ歩いている。とても妻と同じく出産を迎えた女性とは思えない。やっぱり、うちは高齢出産なのだ。ともあれ、妻一人だけだった陣痛室は、早朝4時に3人になった。だが、妻以外の二人はまだ陣痛が始まっておらず、旦那さんとのんびりしゃべっている様子。
早朝4時から5時の辺りは、僕も妻の父も、ほとんど眠りかけていた。時々、新生児室から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるだけで、妻の苦しげな声は聞こえてこない。大丈夫なのだろうか。どうなっているのだろうか。陣痛室で付きっきりで見守っている妻の母も、僕の横でずっと座っている妻の父も大変だ。いつになったら産まれるのだろうか。「産みの苦しみ」。そんな言葉が何度も頭をよぎる。
朝6時。突然、カーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」のメロディーが流れ出し、「おはようございます。今朝のお目覚めいかがですか。検温の時間です。今日も一日機嫌良くお過ごしください」というような内容の院内放送が流れる。朝が来た。陣痛が始まってから、すでに平均出産時間の12時間が過ぎた。しかし、妻の苦しむ声は聞こえず、この数時間、陣痛室にいる妻の母も待合室には全く出て来ない。
朝8時前、朝ご飯の支度で、病院は慌ただしくなってきた。さらに、掃除をする人がひっきりなしにやってきて、病棟の廊下を何度も何度もモップがけする。妻の父が「お腹が空いたので、朝飯に行きませんか」と言う。ようやく、妻の母が待合室にやって来て、「陣痛が弱く、お産が進まない。まだしばらくは産まれそうにないから、どうぞ朝ご飯を食べに行って来てください」と言うので、妻の父と外に朝ご飯を食べに行くことになった。
よく晴れた日だった。駅前は出勤途中の人たちがいっぱいいた。本来なら僕もそのうちの一人なのだけれど、なぜか妻の父親とレストランで、徹夜状態のぼーっとした頭で、朝ご飯を食べているのである。突然、異空間に放り込まれたような妙な気分。あまりお腹は空いていないと思っていたのだけれど、食べ出すと結構な量を平らげてしまった。そういえば、昨日は晩ご飯を食べていなかった。実家の母から電話があり、まだ産まれていないと言うと、「どうなっているのか」と少し取り乱しているので、状況を説明する。