こんなこと書くと非難轟々と浴びるのかもしれないけど、

何言ってんだ!って

男性のみなさんに叱られるのかもしれないけど、

夕飯を作りながら

  

 

あーーー!書かなきゃダメ!なんて

どこからともなく声がする。

怪しいな…笑

 

 

これは、私のなかの私の声なのかもしれない。

 

 

だってさー、女性が幸せ感じてないのに

満たされていないのに

どなたが幸せになれる訳〜?くらいに思ってる、わたし。

 

 

 

女性は大地。

女性は太陽。

 

 

 

そう昔から言われてきているでしょう。

いのちを育む女性だもの、

宇宙と一緒よね。

すごいんだねー女性って。

 

 

私は自分を生きてきていなかった時間があったから

今と昔を比べられる自分がいる。

こんなに違うのか、と思えている自分がいる。

 

 

 

自分の言いたいこと、したいことがわからない自分。

好きなことも、モノも、

得意なことも、苦手なことも

はっきりと言えない、わからなかった自分。

  

  

 

相手に合わせ、相手の顔色をみて

自分の気持ちを他人に合わせる生き方をしてきた自分。

 

 

 

伝えたいことも伝えられない。

 

 

 

満たされていない自分に気づくことなく

自分より誰かのためと動く。

誰かの幸せを見て、自分を満たす自分。

 

 

 

はぁ…言い出せば切りがない。

 

 

 

頑張ってたなぁ…自分。

よくやってきたよ。

 

 

 

ツラかっただろう…

もっと、自分を表現したかっただろう。

でも、怖かったんだよね

嫌われるんじゃないかって

自分の言葉で自分のこと言ったら

 

わがままだ!って言われるのも、

嫌な顔されるのも、嫌だったんだよね。

 

 

だから、自分を押し殺す。

誰かが喜んでくれているんだから

それでいいじゃん、って

ツラくても、

私が頑張れば、私を認めてくれる、

褒めてもらえるからって

ツラくても頑張るの。

もっと、もっと、って頑張るの。

 

 

 

自分の気持ちを殺すのね。

 

 

 

 

はぁ…よくやってきたよ。

いまなら、そんな自分を褒めてあげたい。

つらかったね、がんばったね、って。

 

 

 

自分の気持ちを大事にすることを

日常からするようになって

周りに変化が起きた。

 

 

 

日々、目の前で起きる事柄を通して

そこで感じる感情を味わってみる。

 

 

どうしてそんな気持ちになっているんだろう?

 

 

 

私が本当に求めているものは、なに?

 

 

 

どうして欲しいの?

 

  

 

と、自分が自分に何度も問いかける。

 

 

 

例えば、

誰かに誘われる。

 

 

以前なら、

「せっかく声をかけてくれたんだから、

断ったら申し訳ないよな、

あんまり気乗りしないけど、

断りづらいから行くって言おう。」

 

 

 

そんな選択をしていた。

 

 

 

けれど、今は違う。

 

 

 

「声をかけてくれたことは嬉しい!

けど、自分は行きたい?行きたくない?」と

 

 

 

自分の感じる感覚で答えを出す。

 

 

 

 

行きたくないな、ピン!と来ないな、と感じたら

  

 

ただ素直に

 

 

 

「誘ってくれてありがとう。嬉しい。

でも、ごめんね。今回はやめとくね。」とだけ伝える。

 

 

 

そこに、余計な理由はつけない。

 

 

 

必要がない。

 

 

 

だって、自分がそう思ったから。

 

 

 

ただそれだけ。

 

 

 

事実だけをみていればわかる。

 

 

  

 

こう思われるんじゃないか、

こんな風になるんじゃないか、という

勝手な思い込みでつくる言葉なんて

そこに必要はない。

 

 

 

 

なんだかこういう表現をすると

冷たいなぁとか、非道だなと思われるかもしれないけど

私はいま、とても自分の感覚を大切にしている。

 

 

 

そして、自分の中に

 

 

”元々備わっている人を想う優しさや

思いやり、

誰かを想う気持ちが

根っこから在る”を

 

 

ちゃんとわかってる。

 

 

 

だから、誰かが困っている!となったら

自分に何ができるだろうか、と真剣に考えるし

寄り添えたらとも思う。

自分のなかに

それがちゃんと在ることを

私がわかってあげている。

 

 

 

だから、昔のように

求められていないのに

過剰に人のお世話をしたり、

手や口を出すことがなくなった。

 

 

 

「この人は大丈夫」と

 

 

 

相手の中にある強さや、可能性を見れるように

なってきていると思う。

 

 

 

自分が特別なんかじゃなくって

相手のなかにも、自分と同じものが”在る”んだってこと。

 

 

 

 

自分が自分を満たすようになって

自分の気持ちもカラダも

大切に扱うようになって

私自身を外側から大切にしてくれる人が増えた。

 

 

 

 

嫌なことを嫌だと言うし、

こうして欲しいとわがままらしきことも言う。

 

 

 

 

私はコレが好きで

こうするのが好き、と

伝えられるようにもなってきてる。

 

 

 

まだ、自分のことを知ろうとしている段階だけれども

 

 

 

言えることは

 

 

 

誰かのために生きてはいないってこと。

自分の本音で、自分に嘘をつかない生き方をしてる。

 

 

 

 

私が私のために生きていて。

私のいのちをどう活かすことができるか、

楽しみ、喜ばすことができるかを

常に考えている。

 

 

 

 

やりたくないことやって

聴きたくない言葉浴びせられて

自分をぞんざいに扱われているとしたら

 

いや、自分が自分をぞんざいに扱っているんだけど、この場合

 

 

 

それはツラくないだろうか。

自分は悲しんでいないだろうか。

 

 

 

 

女性は大地であり、太陽だとしたら

 

 

 

この私たち女性が自分を大事にしないで

誰が大事にしてくれるの?

 

 

大地を大事にしないで

木や草や動物たちは生きられる?

 

 

 

 

女性が自分らしく笑って

幸せを感じられるから

この世の中は 温かく、優しい世界になるんじゃないの?

 

 

 

私は本気でそう思ってる。

 

 

 

だから、ちゃんと自分を大事にしよ。

 

 

 

自分から溢れた愛は

自然に外側へ流れていく。

自分の周りの人へ、

必要なひとへ渡していける。

 

 

 

 

女性が自分を満たし、

自分のなかにある愛に気づくと

周りにいる人は幸せになる。

 

 

 

自分の持つチカラや可能性に気づき

自ら勝手にそれを放ち出す。

 

 

 

子どもやパートナーが1番わかりやすいよね。

 

 

 

みんな自分を楽しんでキラキラと輝き出すから。

 

 

 

女性のチカラってすごいな〜って思います。

 

  

 

男性は女性に優しくあってください。

女性をどんどん満たしてあげてください。

恥ずかしがらずに。

騙されたと思って、やって欲しい。

それが、男性もあがる秘訣。

女性も男性も一緒にあがる。

 

  

 

ウチの6年生の息子でさえ

ママを優しく大事に扱ってくれます。

扱い方をよーーくわかってます。

 

 

 

 

  

自分がいちばん幸せである、ってこと。

大切にしたいな。

自分の幸せにどん欲になる。

もっと自分を喜ばせ楽しませてあげる。

 

 

自分には素晴らしい価値があるんだもの。

 

 

  

  

 

Xmasにサンタさん何プレゼントくれるかな〜?と

待っていたこと、

楽しかったな〜ワクワクした。

無邪気な子どものような心でずーーっといたいな。