構造改革に回帰する菅政権と対抗軸としての新しい福祉国家構想の意義 | すくらむ

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 中央社保協の「第38回中央社会保障学校in沖縄」に参加しました。9月23日には「福祉国家を考える」をテーマに、一橋大学名誉教授・渡辺治さん、神戸大学教授・二宮厚美さん、都留文科大学教授・後藤道夫さんによるシンポジウムが行われました。その中から、きょうは渡辺治さんによる「参院選後の情勢と対抗軸としての福祉国家構想の意義」の要旨を紹介します。(※いつものように私の勝手な要約メモですのでご容赦を。by文責ノックオン。ツイッターアカウントはanti_poverty)


 民主党代表選の結果、菅政権が存続する中で、民主党政権による構造改革・日米同盟回帰の方向が鮮明になっています。菅政権の役割は、鳩山政権が行った保守政治の枠組みを一部逸脱するような政治から、全面的に保守政治の枠組みへ戻すことにあります。


 菅政権の役割を考えるには鳩山政権の問題を考える必要があります。政権交代によって登場した鳩山政権は大きな2つの力を背景にして生まれました。1つは、自公政権による構造改革で、社会保障が切り捨てられ、地方は衰退していき、国民の暮らしが脅かされるなかで高まった反構造改革の国民の願いです。2つは、自民党の利益誘導型のバラマキを継続していては大企業本位の経済発展はできないという都市中間層の声です。鳩山政権は最初からこの2つの矛盾した力によって生まれました。


 そして、鳩山政権は反構造改革の国民の期待に応えて、保守政治の枠組みを部分的には逸脱するような政治を行いました。一番大きかったのが普天間基地の国外移転、最低でも国内移転を課題としたことです。首相が自分の政権課題として米軍基地を日本から撤去すると言ったのは初めてのことです。鳩山さんが最初からそう主張していた政治家だったから普天間問題を課題としたわけではありません。沖縄県民をはじめとする国民の運動の力が鳩山さんの背中を押してそう言わせたのです。これは明らかに保守政治の枠組みを逸脱したものでした。また、マニフェストに書かれた「子ども手当」や「高校授業料無償化」などにも、これまでの自公政権による古い利益誘導型でも構造改革でもない、新しい福祉国家に向けた政治へのほんの一筋の明かりが見えたと言えます。こうした点が、保守政治の枠組みを逸脱した鳩山政権の1つの特徴でした。


 これに対して、財界とアメリカは、鳩山政権をつぶしにかかります。なぜなら財界は、保守政治の枠内で、自民党と民主党とのキャッチボールをさせながら、構造改革・日米同盟強化を進めていくというのが、この20年来構想してきた保守2大政党制だったからです。構造改革の自公政治が倒れたら、今度は民主党政治に交代するけれども、それは保守の枠内での政治であるはずなのに、鳩山政権は国民の期待に応えて、保守の枠組みを逸脱することをやろうとしたため、これに対して財界・アメリカから大きな圧力が加わったのです。鳩山政権は、沖縄県民・国民の期待と財界・アメリカの圧力の間で板挟みとなり、動揺とジグザグを繰り返し、主に財界・アメリカからの圧力によってつぶされました。


 そして、財界とアメリカの熱い期待と圧力で誕生したのが菅政権です。2010菅マニフェストには、初めて「日米同盟を深化させる」という文章が入りました。「深化させる」というのは「強化する」という意味です。2010菅マニフェストには、憲法に関することを書いていません。これは、日米同盟の深化にあたって憲法問題が障害となるため、フリーハンドを得ようと憲法に関する記述をマニフェストから意図的に削除したものと私は推測しています。


 また、2010菅マニフェストは、構造改革路線への復帰のあかしとして、福祉支出マニフェストを一掃してしまいました。「強い社会保障」と唱えるけれど、社会保障を充実していくという具体的なメニューはひとつもありません。鳩山マニフェストにあった社会保障充実策は一切なくしてしまったのです。そして、消費税増税と法人税減税をセットで、初めて明記しました。


 7月の参院選の結果には3つの特徴がありました。1つは、民主党が敗北し得票率を大きく減少させたことです。2つは、自民党も得票率を落とし、自民・民主の保守2大政党の合計得票率はこの10年来続いてきた7割から55.6%にまで落ち込んだことです。3つは、民主党から離れた票は、共産党や社民党には行かず、みんなの党をはじめとする新党に行ってしまったということです。得票率を見ると、みんなの党は、東京をはじめとする大都市圏での民主党の減少分をほぼ吸収しています。その結果、保守2大政党の合計得票率は減少しましたが、みんなの党をはじめとする保守政党全体の得票率は、昨年の衆院選とまったく同じ75.89%で維持されています。


 新しい福祉国家をめざすためには、こうした保守政治の枠組みを壊さなければいけません。


 今後、菅政権の存続で、構造改革・福祉切り捨ては加速すると考えられます。菅政権の構造改革の柱は、地域主権改革と新たな社会保障抑制策、そして税制一体改革です。


 地域主権改革は、一言で言うと、地域に財源と権限をおろして、地域の自己責任で構造改革を競わせようとするものです。もし今の構造のまま中央政府が構造改革を上から行っていくと、地域住民の願いをうける地方自治体の中には、これに反対するところも出てきます。ところが、地方にしぼった財源と権限をゆだね、規制緩和によりナショナルミニマムを排除して自由にやらせれば、その結果は地域の自己責任とされてしまいます。地方自治体を構造改革の自主的な基礎単位に変質させてしまえば安定した構造改革が遂行できることになります。


 大阪の橋下知事などが繰り返し主張しているのは、関西財界をあげて大阪をグローバル企業の本拠地にするための大型開発をやりたいのに、今は国による義務付け・枠付けがあり、ナショナルミニマムの規制があって、学校や保育所や福祉などにお金を回さなければいけないのは自由がないということです。規制緩和とナショナルミニマム解体で、地方の自由な裁量で公的な教育・福祉などを切り捨てたり、民営化して公的資金も財界に投入できるようにして、その結果、地域間格差などが生まれてもそれぞれの地域の自己責任に過ぎないのだというのが地域主権改革です。


 こうして、構造改革に回帰した民主党政権の新たな攻勢にどう立ち向かえばいいのでしょうか。


 政権交代は、国民の第1歩でした。第2歩に進むには、私たち民主勢力が対案をきちんと国民に示すことが必要になっています。マスコミ等の影響によって、消極的にではありますが国民の6割が消費税増税をやむをえないと考え、普天間基地問題も4割が仕方ないと考えています。これは、国民が反動的になってしまったわけではなく、構造改革か利益誘導型政治かという作られた選択肢の限界の中で、対抗構想を国民がつかむことができず、仕方なく構造改革路線に回帰しつつあることを示しているに過ぎないと思います。


 私たちは運動で、構造改革の個々の攻撃に機敏に反撃するだけでなく、いまこそ対抗の構想を持つ必要があると考えています。


 とりわけ、憲法9条と25条を具体化する5つの柱の対抗構想が必要です。


 1つは、民主党マニフェストのようなパッチワークでなく、憲法25条に基づく、社会保障の全体像を具体化する必要があります。その際、雇用と社会保障を車の両輪として、教育・医療・保育・介護など不可欠な社会サービスの無料化と必要に応じた給付を確立することが大事です。これは、北欧などの福祉国家が経験済みのことで、決して実現不可能なことではありません。


 2つは、そうした福祉を拡充して財源はどうするのか?という問いに具体的に答えることです。消費税増税をしなくて本当に大丈夫なのかという問いに対して、ヨーロッパでは当たり前になっている大企業の負担を増やすなど具体的な財源構想を出す必要があります。


 3つは、大企業本位ではない経済成長政策をどうするのかという問題です。地場産業、地域の産業を中心とした福祉型公共事業投資など地域循環型の経済政策を具体的に確立する必要があります。


 4つは、福祉国家型の真の地方自治と民主的な国家づくりです。


 5つは、憲法9条を具体的に生かす、日米安保体制のない日本の安全とアジアの平和を実現する体制づくりです。


 こうした新しい福祉国家の対抗構想を、たくさんの人の連携・協力でつくっていく必要があります。


 昨年夏の政権交代は、かつてない政治の第1歩でした。普天間基地国外移転、日米密約公開、子ども手当など、新しい福祉国家への道を、ほのかに指し示す第1歩だったのです。この第1歩は、財界とアメリカの巻き返しで大きく後退・変質させられています。それは私たち運動側が観客状態に陥っていたという側面もあると感じています。


 新しい福祉国家を考えるこの第38回の中央社保学校が沖縄で開かれたことは象徴的だと感じています。なぜなら沖縄こそが憲法9条と25条の結節点として日本全国の焦点になっているからです。日本全体の国民世論と沖縄県民の世論は大きく乖離しています。沖縄県民はこの1年間の経験の中で、日米安保を無くすことを本気で考えるようになっています。日米安保条約の廃棄、安保条約の日米友好条約への改変、この両方をあわせて8割近くの沖縄県民が日米安保を無くすことに賛成しています。日米合意の辺野古移転を仕方がないと思っている人が4割いる日本全体の国民との違いがあります。なぜこういう違いが出てきたのでしょうか。それはこの間、沖縄県民が観客にならずに、たたかってきたからです。このたたかいによって沖縄県民が新しい第2歩に進もうとしているのです。しかしこの沖縄県民も、日米同盟を廃棄して、大型公共事業投資によらない沖縄をどうやってつくるのか、ということについては模索中だと思います。沖縄が今度の県知事選挙で、日米同盟のない日本だけではなくて、構造改革でも利益誘導型政治でもない沖縄経済をつくっていくための旗が立つかどうか。私はこれが新しい政治に向けたまずは第1歩になると思っています。こうした歴史的な沖縄県知事選挙を前にした中央社保学校の意義をあらためて訴えて私からの問題提起とさせていただきます。