ハリー・ポッターは日本では生まれない | すくらむ

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国家公務員一般労働組合(国公一般)の仲間のブログ★国公一般は正規でも非正規でも、ひとりでも入れるユニオンです。

 9月5日のシンポジウム「社会保障の現在・過去・未来」での広島女子大学教授・都留民子さんの話で興味深かったところを紹介します。


 「ハリー・ポッター」シリーズで一躍有名作家になったJ・K・ローリングさんは、イギリスの生活保護である公的扶助インカムサポートを受けながら「ハリー・ポッター」を書いた。夫と離婚して小学生の子どもを育てながら、毎日行きつけの喫茶店で「ハリー・ポッター」を書き続けた。


 これがどんなにすごいことかは、日本の生活保護の実態をみれば分かるだろう。日本ではシングルマザーでも病気で働けない状態でない限り、生活保護は適用されないような実態だ。しかし、イギリス政府は、「働かないで“奇妙な小説”を書いている人」に生活保護費を支給し続けた。やがて世界中で「ハリー・ポッター」はベストセラーとなり、映画化もされ、ローリングさんは莫大な税金をイギリス政府に納めるようになった。出版社や映画会社なども多額の税金を納め、福祉の乗数効果が生まれた。


 もしイギリスの生活保護が日本と同じだったなら、ローリングさんは「ハリー・ポッター」を書くことはできなかっただろう。総人口の5人に1人が生活保護の受給者であるイギリスでは、一人の人間が人生の中で生活保護の受給者になったり逆に納税者になったりと、立場が入れ替わることはごく普通のことだ。


 日本では「自立支援」と称して、シングルマザーだけでなく高齢者の生活保護受給者も、不安定で低賃金の劣化した雇用に追いやっている。雇用が貧困を解決するどころか、逆に貧困の要因となり、ますます雇用の劣化と貧困を広げるという悪循環を生むワーキングプア促進策となっているのが現実だ。ローリングさんが日本で生活していたとすると、劣化した雇用、ワーキングプアに追いやられ、「ハリー・ポッター」を書くことはできなかっただろう。


 1886年から89年にかけて、チャールズ・ブースがロンドンで貧困調査を行った。当時のイギリスは世界一豊かな国で、貧困は存在しない、存在していたとしてもそれは個人がだらしないから貧困に陥っているのだと考えられ、個人の生活態度をあらためさせ、勤労意欲を持たせることで解決できるとされていた。ところが、この貧困調査の結果、全住民の30.7%が貧困に陥り、そのうちの75%がワーキングプアであることが分かった。貧困の原因は、臨時労働・不規則就労・低賃金などの雇用上の不安定さにあった。貧困は自己責任でなく、社会構造上の問題が貧困の原因であることを示したこの調査結果は、イギリスのナショナル・ミニマムの諸制度だけでなく、ヨーロッパ諸国において福祉国家づくりを進める力となった。現在の日本政府は、貧困の存在を社会構造上の問題と認めず、「貧困は自己責任」としており、今から120年も前のイギリスのレベルにあるといえ、とても先進国などと言えないだろう。


 また、120年前のイギリスには、失業という概念がなかったが、その後、「失業は権利」として認め、失業者の生活保障をしっかり行うことで、不安定な職にはつかない、つかせないという「失業を保障し貧困を防ぐ」という方向にヨーロッパ諸国は進んでいった。2006年の1月から3月にかけて労働者の使い捨てを合法化する法律に反対したフランスの青年数百万人の大きな運動のスローガンは、「失業はいやだが、だからといって労働力の安売りはしない」というものだ。


 ヨーロッパ諸国は、全国民の「欠乏からの解放」をめざし、国民生活の安定と最低限保障の諸制度を設けた。まず、公共住宅の拡大、完全無償の医療、幼稚園から大学までの無償教育を中心に、国民生活の基盤を保障する方向だ。同時に、完全雇用制を国家責任として、規則的雇用・最低賃金・児童手当によって労働者の最低限所得を保障し、老後の生活については最低保障年金で所得保障を進めた。


 ヨーロッパの労働組合の運動は、社会保障闘争を中心にして、国民的連帯を広げている。社会保障の課題は、労働組合の組合員だけの問題でなく、すべての国民にかかわる問題だからだ。組合員だけの賃上げ闘争に埋没している限り、日本の労働組合に、国民的連帯を広げられる理由がない。もちろんそれは政府・財界側の分断統治にもともとの原因があるわけだが、労働組合がこの分断を打ち破らなければ展望は開けない。日本の労働組合が、社会保障闘争を中心にして、「格差と貧困」に真正面から立ち向かい、国民的連帯を広げることが必要だ。


(byノックオン)