生成する生命の哲学 ― フランス現象学の鏡に映された西田哲学 第五章(三) | 内的自己対話-川の畔のささめごと

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1. 1 全体論的有機体論からの影響(2

 

西田は、ホールデーンのもう一つのテーゼである「生命とは、空間的な境界を有たない特異な全体として己を表現している自然である」(« Life is nature expressing herself as a characteristic whole which has no spatial bounds. » この英語原文は、全集第八巻四六二頁と第十巻二三三頁に引用されている)を、やはり好んで援用する。西田によれば、「空間が自己超越的に自己表現的要素を含むと云ふことから生命が成立する」(全集第十巻二四七頁)。「生命は自然の自己表現である」というホールデーンのテーゼは、「歴史的生命の世界は表現的世界である」というテーゼとなって西田の生命論の中に組み込まれる。

生命に空間的限界がないということは、次のことを意味している。生ける身体は、代謝活動を通じて内的環境と外的環境との間のエネルギー交換を実行しているから、生命活動は、生ける個体の物理的延長という限界のうちに限定され得ない。生命は、種に固有な形態・構造・機能とその環境との間の動的平衡を維持することそのことにほかならない。この動的平衡が生命そのものであり、それはそれぞれの種に固有の形で表現される。この形は、それぞれの種が己に固有な仕方で物理的基礎を己に与えることによって現実に具体化されている。この意味で、生物の形態とその機能とは不可分である。

西田は、生物学における「形態」という概念を一つの出発点として、自身の最後期の哲学の鍵概念の一つである「形」という概念を精錬していく。「生物の身体的構造は機能的でなければならない。そして機能といふものなくして、形といふものは考へられないが、又形といふものなくして、機能といふものも考へられない」(全集第八巻四一頁)。生物の形態とその機能とのこの不可分性について、一言先取りして言っておけば、西田の考えは、生理学者のクロード・ベルナールのそれとも近い。クロード・ベルナールによれば、機能の研究は構造の研究と不可分であり、構造の研究はその生成の研究と不可分である。両者の考え方の関係については、本節の第三項「歴史的生命の論理」において立ち入って検討する。

しかし、西田は、形態・構造・機能の生物学的不可分性をただそれとして自身の生命論の中に組み込むだけではなく、それを出発点として、〈形〉という概念を自身の哲学に固有な概念として発展させていく。西田によれば、〈形〉は、自らのうちに自己形成作用の原理を有っており、それが構造と環境との関係そのものをも限定する。つまり、西田における〈形〉は、最初はその生命論の理論的基礎として据えられた生物学的概念から、歴史的生命の論理を構築するための存在論的概念へと変貌を遂げていくのである。この〈形〉概念の存在論的変貌が、西田の生命論にそれ固有の構想の展開を可能にする。

論文「論理と生命」ではまだ十全には展開されていなかった西田の〈形〉の生命論は、死の前年から死の年にかけて執筆・発表された論文「生命」において、その最も仕上げられた表現に到達する。

 

有機体と環境との相互整合的に、形が形自身を維持する所に、我々の生命があるのである。それは私の所謂主体と環境との矛盾的自己同一的に、時間と空間との矛盾的自己同一的に、全体的一と個物的多との矛盾的自己同一的に、形が形自身を限定すると云ふことに他ならない。それは所謂物理的空間的に機械論的たることはできない(全集第十巻二三三頁)。

 

このような西田固有の表現に変換されながら、ホールデーンの有機体論は、西田の生命論の中にまさに有機的に組み込まれていく。「形が形自身を維持する」と西田が言うとき、有機体はその環境との相互作用の中で己が属する種に固有な規範的構造を積極的に維持しており、形態と機能とは互いに不可分であるというホールデーンの生命観が念頭に置かれている。この生命観が強調するのは、安定性と可動性、統一化と多様化、自律と依存などの対立する性格の相互的な不可分性である。この相互的な不可分性を、西田は、「矛盾的自己同一」と名づける。これら相対立する性格の協働が動的平衡を生み出し、この動的平衡がある種に固有な形を発生させる。この形の生成を、西田は、「形が形自身を限定する」と表現する。

形とは、一度限り固定された自己同一的な実体ではなく、時間的に有限な平衡状態であり、この平衡状態は、対立する諸性格の協働から生れる。生命は、どこまでも可変的で不安定にもなりうるこの平衡状態を積極的に維持する努力である。それが動的平衡であるのは、その平衡状態が常に解体の危機に曝されているということでもある。西田は、歴史的生命の創造性を、この動的平衡状態を維持するために、自己が己の与えられた環境に対して行為的に働きかけ、自己が己自身と己がそこに生きる世界とを具体的・実践的にポイエーシス(制作)によって改変していくという事実の中に見ている。