姉はまだ現役で働いている。年金は減らされて、65歳になる今年、どうしようかと悩んでいた。満額年金でも暮らせるのだが、すでに会社からは定年延長打診で、もう半年と、また長くなる。技術と人柄がかわれているのか、引き留められる。アルミサッシの設計の仕事なのだが、そのキャリアも長い。
 わたしがピーピーしてるので、見るに見かねて、給料が入ったから、靴を買ってくれるという。いいよと、断るが、わたしが百円均一のサンダルを履いているから、それではすっかりとホームレスと間違われると、わが一族の沽券にもかかわると、そういうみすぼらしい弟をなんとか、見栄えだけでもという弟思いの姉なのだ。

 日曜日に御徒町で待ち合わせたが、夕方から雷雨になるという天気予報。姉は板橋のマンションを早めに出たとメール。わたしは朝は図書館にしけこみ本を読んでいるところであった。上野の不忍池の蓮の花が咲いているから見たいと、そこに行っているらしい。上野公園行のバスも地下鉄もあったが、歩いて行ってみる。地下鉄なら二つ目で、春日通りの坂を降りると、すぐが本郷三丁目。そこから湯島天神を通って、ずっと降りてゆくと、御徒町で、左手に不忍池がある。歩いても20分くらいか。午前から炎天下で、連日の猛暑日。36℃くらいあるのか。
 不忍池の蓮は二週間くらい前に来ているが、まだ蕾で咲いてはいなかった。もりもりと葉が池が見えないくらい盛り上がって、すごい景観だ。そこに写真を撮っている姉がいた。東京に長いのだが、初めて見るという。暑いので、甘味処の店に逃げる。冷房のきいた涼しい店内で、そういう店にも入ることは滅多にないが、おしるこやあんみつか、いや、暑いからかき氷にした。それを口にするのも今年初めてか。
 汗が引いたところで、アメ横に入る。そこには靴屋さんが何店もあるが、姉がいつも入るという店は全国チェーンだが、高い。普通に一万円以上の靴ばかり。それぐらいの値段でないといい靴は買えないよと、買ってくれるというのだが、いままでわたしが自分で買った靴の値段は、5千円以下で、靴ごときに一万円などという狂気の沙汰ではないかと信じられない。いつもは1980円2980円がせいぜい。それでも高いと思うから980円、時には店頭平台で500円という安物ばかりなのだ。第一、靴や服などどうでもいい。おシャレではない。そういうものに金をかけるというのが気がしれない。
 うちの息子たちは三人とも、やはりブランドもので何万円もする靴ばかりはいている。着る服を一緒に買いに行っても、一桁違う。いまはそんなものだろうと、周囲はみなそうだから、一人憤慨しても仕方がない。
 どうせ、履いても二年はもたない。そんなものに大金を払うのなら、安物を何足か履きつぶしたほうがいい。姉が勧める一万円クラスの靴は敬遠して、その半値くらいのスニーカーを買ってもらう。それでもわたしが絶対に買わないメーカー品だ。ついで、別の店でクロックスとかいう先が丸くなった恰好悪い夏向きのバックベルトのサンダルようのものも買った。わたしがいまお気に入りで履いている100円均一のサンダルとよく似ているデザインだが、そっちが元祖だというのだ。それで値段は39足も買える値段だ。どこがどう違うのか。マークひとつでみんな騙されているのだ。買った店で抽選会をしていて、ガラポンを回したら三等で商品券が千円。それで、何かまた買ってやろうと、金を足してハーフパンツを買う。それだって、わたしが買う値段の四倍だ。ユニクロ卒業だと、履いていたハーフパンツとサンダルを脱いで着替えた。
「ほら、これで、誰が見てもホームレスには見えないよ」と、わたしもブランド男に成り下がる。姉は高給取りではないが、わたしから比べたらずっとセレブだ。ぽんと服装に大枚を出す。わたしにはそんな勇気はとてもない。悪い気はしないが、大事に仕舞っておいて、よそ行きにしよう。と、普段は百円のサンダルなのだ。きっと。

 昼飯も奢るという。近くの韓国焼肉店に入る。ランチが980円と安い。肉を普段あまり食べないので、たまの外食ぐらいは肉なのだ。隣に若いカップルが座った。姉と、肉の話から、「食べても死なない」という中国のチキンナゲットの話になり、中国人が姉の会社で働いているが、うさぎは美味しいよとか、鳩は外にいっぱいまるまると太っているのに、どうして捕まえて食べないのかと、そういうことを言うのだと、笑って話していた。うさぎはイギリスのデパートでも吊るして売っていたから、やつらも喰うのだ。鳩は東南アジアでは高級食材だと、わたしが補足する。中国人の悪口は言いたくない。どちらかというと、わたしは親中派だ。その会話を聞いていた隣のカップルが、何も話さないで、おし黙り、そそくさと店を出た。彼女のほうは、食欲がないのかほとんど食べ残した。よく見たら、中国人ではないのか。悪いことを言った。
 
 御徒町に、姉のよく行く安売りデパートがあった。わたしは初めて見るが、なんでも売っている。いくつも建物があって、すごい人が入っている。安いものもあるが、そんなに安くないものもある。驚くほどではないが、品物は確かに多い。買わないが、いろいろと値段の勉強で見て歩く。姉は、うちのアパートに来るときに、この店から食料品を買ってくる。姉の会社からは近いのだとか。都会だからそういう店も出現する。

 締めくくりにコーヒーを飲もうと、スタバに入る。そこのレシートで100円でお替りができるというのだ。レシートは捨ててはいけないと姉は言う。スタバにはあまり入らないが、それは知らなかった。アイスコーヒーを味の違うのを二杯お替りした。店内は混んでいる。ずっと半日いる人もいて、ノーパソをいじっている。一杯のコーヒーで何時間も涼んでいられる。
 今年初めてできた姉の孫の写真を見せてもらう。可愛くなった。やはり女の子だ。もう7か月か。抱いたら泣いたという。人見知りするようになった。姉のところが初孫が一番遅かった。待望の孫なので余計また可愛い。

 夕方から雷雨というので、3時前に出た。お土産も手に、持つべきは姉。姉は普通にLサイズが入るので痩せたねと驚いていた。それ以上のサイズはなかったり、安くないときが多い。Lで体型を維持してゆかなくては。
 姉と地下鉄の駅近くで別れた。早く戻らないと、土砂降りの雨がくる。空模様が怪しい。

 アパートに戻ったら雨と雷。少し昼寝した。昼寝する習慣がないが、これからは無闇と出歩かないで、ゆっくりとする時間も持とう。
 雨は夕方やんだので、銭湯に行く。いままで行ったことのない銭湯に行こうと、ネットで調べた白山通りの北に行ったところの富士見湯に行く。その辺りが丸山福山町で樋口一葉が住んだ町という文学案内が掲げられていた。アパートから歩いても10分もかからない。
 銭湯の番台のおばさんが、地元の人ですかと尋ねる。そうですと言えば、身分証明書はあるかと訊く。まだ引っ越してきたばかりなのでと、小石川に住んでいるというと、地元の人なら100円でいいと、ありがたい。特別なのだ。浅虫温泉でも地元は100円で温泉に入れた。だけど、地元でなくて銭湯に誰が来るのだろうか。
 お湯はいろいろとあるが、どれも熱くて入れない。わたしの行く銭湯はどうしてどこも熱すぎるのだろうか。結局、湯船には入らず、お湯を水で薄めてかぶっただけ。100円は魅力だが、入れないとなると、ここまで歩いてきてもなあ。それと、身分証明書は出ないし、まだ青森市民なのだ。住んでいることは嘘ではないが、文京区民ではない。
 10回回数券が4200円で売られていて、それが都内の銭湯共通券というので、そのうち買おう。
 雨あがり、風呂あがり、さっぱりとして戻る道。気温は少し下がったか。