メルボルン第二日目。七時に飛び起きて出かける。今日は午前中より自由行動がない。それでメルボルンの市内見物は六時間よりないのだ。それでも、ぐるりと主要なところだけ歩いて回って三時間でほぼ一周できた。いつもながらの早足で三時間で歩くメルボルンだ。それというのも、朝はみんな走っている。ジョギングする人たちがずいぶんと多い。それにつられて早くなる。老人夫婦まで走っている。ここも成人病は問題なのだ。
 回ったコースは地図とコンパスを見ながら、古風な建物のフリンダース・ストリート駅からセント・ポールズ聖堂、ヴィクトリアンアートセンターはまだ時間が早いので開いていなかった。この辺りの建物はデザインが奇抜だ。半世紀前に流行った思い切った外装の遊びだが、それもセンスはいいし、いまだにこの街をハイセンスに仕立てている。そうした建物を見てゆくのも楽しい。
 キングス・ドメインは歴代の王の銅像がある公園で、そこは自由に歩ける。噴水のところに古いレンガと木のベンチがあったので、昨日スーパーで買ったバナナケーキを朝食代わりにいただく。誰もいない。
 続きの王立植物園も、犬の散歩やジョギングする市民のほかは誰も歩いていない。広すぎて全部回るのは大変なので、半分にする。植物は砂漠に生えるようなものがある。名前の知らない木は高さが百メートル近くあるという記録を持つもの。世界一の高さだったそうだ。なんでもスケールが違う。
 市内を横切るヤラ川の橋を渡り、オリンピック公園に出る。メルボルンオリンピックは東京オリンピックの前であったか。そこから線路を渡ると、クリケット場がある。インドでもこれが盛んであった。イギリスの植民地では野球やサッカーよりもクリケットが人気があるようだ。
 ここまで来て、一時間半とまだ午前中で、半分の行程は歩いていた。足はさすがに疲れてくる。もうひとつの線路を渡ったところがフィッツロイ・ガーデンというきれいな公園。並木道と芝生が対角線で模様を描く。
 歩いているうちに方向感覚を失うこともある。いつもコンパスを見ながら歩いているのではない。旧財務省ビルと隣のセント・パトリックス大聖堂を見学。教会の中では写真は撮れないと注意された。たまたまデジカメの電池が切れた。頭にくるのが、スーパーで買った安いアルカリ電池だ。それはすぐになくなる。安い分よりないのだ。失敗した。それと、SDカードが4Gを持ってきたのが、何かすでに入っていたようで、それも中身の入っていないのを持ってくるべきであった。
 そこから北のほうに歩くと、世界遺産のカールトン庭園がある。中には王立展示館と博物館がある。まずは展示館だと、人が並んでいるのに続いた。入場料は少し高い。1400円とられた。だが、何か様子がおかしい。10時の開場で中に入ると、ただのセール会場なのだ。ものを売るのに入場料をとる? ところが、入って見たものはアンテーク市であった。高くて買えないが、写真でも百年以上のものとか、絵やポスター、古いドレスなど、昔の雑誌なども売っている。間違って入っていいものを見せてもらった。販売員の女性も開拓時代の格好がいい。
 隣接するルメボルン博物館はよかった。時間がないのではしょったが、ゆっくりと一日でも遊べる。孫たちを連れてきたら勉強になり喜ぶだろう。植民地時代からの歴史は二百年少しよりないので、博物館には近代のものが多い。遊園地の乗り物からあらゆる産業の機械類を展示している。そのほうが、なんとなく興味をひく。アメリカと違うのは、開拓民のフロンティア精神は同じなのだろうが、長く白豪主義で異民族を排斥し入れなかったところだ。

 正午近いのでそろそろ急ぐ。旧メルボルン監獄の跡にも並んでいるがパスした。シティという碁盤の目のようになっている中心繁華街で、地下にあるショッピングセンターを見つけて入る。汗でぐっしょりとなったネルのシャツを捨てて、フリースの安いのを買った。それとアルカリ電池とSDカードだ。そういう店での買い物はセルフレジがだいぶあり、青森でも一部のスーパーは設置しているが、わたしはまだ使い方を知らなかった。係のお姉さんが来て、親切にやり方を教えてくれた。
 もう街中は歩ける。ホステル近くまでだいたいの見当をつけて歩いたら着いた。まだ時間があると思ったので、近くのドーナツ屋で昼飯を食っていて、何気なく午後からの日帰りツアーのフィリップ島行きのスケジュールを眺めていたら、出発時間が13時15分とあるが、集合時間がホステル近くのホテル前に12時40分とある。しまった。よく読めよ。ゆっくりはしていられない。焦って集合場所に走ると、マイクロバスが待っていた。女性が来て、わたしの名前を確かめた。待たせて悪かった。ほかの参加者たちはすでに乗り込んでいた。
 また大型の二階建バスの待つ場所まで各ホテルから集めてくるのだ。あわや乗り遅れるところをセーフであった。
 昨日と同じ運転手のバスだ。彼も忙しい。一人で運転し、ガイドし、車の中では説明しぱなし。帰りの頃には息も切らしている。すべて一人でこなすのだから疲れる。

 バスは午後に出るのは、フィリップ島の有名なペンギンパレードが日没だからだ。それが目的で観光客が集まる。さして見たいとは思わないが、他の場所にも連れてゆき、昨日のオーシャンロードとセットになって安いのだ。メルボルンを訪れた人の定番コースで、みんなが必ずしていることを自分もしても旅行記にはならない。いままでの旅は自分だけのデザインであったのが、人気ツアーに乗ってしまった安易な旅行だ。
 どこに行くにしてもずいぶんと遠い。高速道路は日本だけが有料か。只なのが羨ましい。それでも、地方に行くと、その時速百キロの道路も中央分離帯もない片側一車線で、そんなに広い道幅とも思えないが、もし事故があったらお陀仏だ。それで、いつもはバスではシートベルトはしないのが、しっかりとしていた。運転も荒い。行くだけで三時間とかかかっているので、二百キロ以上は走っているのだ。

 最初に着いたところがヘリテージファームという観光農場だ。農家のかつての暮らしを見せている。何か大きな鳥も放し飼い。見たこともない七面鳥ぐらいの鳥に、「おまえはなんていう鳥なんだ?」と、つい名前を訊いていた。犬が羊を追い立てるショーも見せる。そこまでしたら、お土産もファームで作ったものを売ればよかったのに、そこまでの商売けはなさそう。
 フィリップ島に入る。広い島で島とも思われない。最初に寄ったのが、コアラの保護区。それも観光用か。ユーカリの林に入ると、木の上に確かにコアラがいる。寝ていたり、葉を食べたりしているが、野生のものを見るのは初めて。ここも孫たちなら興奮するだろう。一人、林の奥に入ってみる。ちゃんと散策コースがある。そこにワラビーがいた。カンガルーの小型版だ。そばにいても逃げないので、一緒にカメラに納まる。

 夕方になり、観光客でごった返している島の一番端のほうのリトルペンギンのパレードを見る海岸に到着した。海に仕事に出ていたペンギンたちが日没とともに一斉に帰宅する。家は砂浜の上の草原に穴を掘り、木箱で団地を作ってやっている。ペンギンの帰るのがきっちりと今日は五時五十六分と決まっているようで、時計が後何分と知らせている。途中、飲み屋に立ち寄る亭主はいないのか。時間通りに真っ直ぐに帰宅するつまらないやつらだ。
 先にそこで晩飯と思ったら、レストランには観光客が並んでいて、座る場所もない。ペンギンより人間のほうが遙かに多い。それで冷たいサンドイッチ買い求め、隅の椅子を見つけてほおばる。不味い。
 外は寒い。海風が吹き付ける。波が寄せる海岸に観客席が設けられて、まだかまだかとみんな座って待っている。真冬なら風邪をひく。時間通りに小さなペンギンたちが海から戻ってきて、歩いているようなのだが、ぞろぞろと山手線を降りるようにではない。見えないので、諦めて帰ろうとしたら、そばの通り道を結構早いスピードで可愛いのが集団でやってくる。カメラで撮影は禁止されていると、係員が注意している。わざわざこれを見るために海外から来るのだ。

 そこを出たのが七時で、帰りは十時近かった。またそれぞれのホテルまで送ってゆくと時間がかかるので、近いところで他の人たちと降りて歩いた。
 明日の朝は別の旅行会社で、その営業所がホステルのすぐそばだとメールがきて、住所も書かれてあったが、ゆうべ探しても見つからなかった。今日は、歩いて探すつもりでいた。通りの名前がある。番地は建物のドアに必ず書かれていた。それで歩きながら数えてゆくと、なんのことはない、泊まっているホステルのコンビニを曲がった隣だ。二軒隣が、角を曲がらないと見えなかったというわけだ。
 まだ時間があったので、またサザンクロス駅の上にあるファーストフード店に陣取り、記録をつける。二日目も何事もなく、うまくいった。

 ホステルでは一人先にベッドに入る。明日の朝が早いので、なんとか寝てしまおうとしたが、それから部屋に戻ってきた女の子たちがうるさくて眠れず。
 それにしても、若い旅行者たちは、部屋にも廊下にも自分のバッグや衣類を広げてまるでだらしがない。自分の部屋もそうなのだろう。片づけろと言いたいが、英語でなんと言うのか。足の踏み場がない。それはそのままにして出かけるのだ。連泊しているから、わざとトランクを開いて、中身は着替えしかないことを見せているのか。鍵をかけて置いておくのが壊されるし盗まれる。貴重品だけは持ち歩き、生活用具はそうして通路に広げているのだ。わたしも洗濯した靴下などをベッドに下げて乾かしていた。