押し買いが法律で取り締まられる。古本やCDなどはその品目には入らないようだ。最初、その話が出たときに、全書連の会議でも、問題にはなったが、どちらかというと、古本屋は相手から電話で依頼を受けて引取りにゆくか、店に持ち込むのが多いから、押し買いということはまずないということで、安心はしていた。
 無理やり持ってくることはありえない。その場で査定して、値段が合えば売るし、合わないと、引っ込めるだけのことで、駆け引きはある。強引に持ち帰ることはあるはずがない。売りたいと、相手から電話が来て行くのだが、いつも、「その場で見積もりを出しますので、よかったら売ってください」と、言うと、相手が売ろうかどうかと迷っているときは、「大事な本はいまのうちに、抜いておいてください。いらないのだけ買ってゆきますから」と、後で、返してくれと言われても仕方がないので、相手が悩んでいる本については、手をつけないようにしている。
 何度か、後で店に電話がきて、「気が変わったから、ひとつの全集だけは返してください」というときはあった。全部返せとは言わないだろう。汗をかいて、引取りに行って、それはあんまりだ。ひどい人になると、二年前におたくに売った本で、これこれがあったろう、それを返してくれないかと、そんないつのことかと忘れているようなことを言ってくる方もいた。ない、とは言えない。ネットに載っているという。だけど、それがその方の本である証拠はない。珍しい本ならともかく、よく入る本で二年前というのはどうか。しかも、まとめて買っているので、その一冊がいくらで買ったかなど、こちらも判らない。当然ながら、値引きはしたが、買ってもらうことにした。
 そういう無理強いは、「押し戻し」とは言わないのか。

 こんなこともある。店に来たお客で、大金をちらつかせて、全集ものを安く買い叩こうと、非常識な人になると、半額にしろと、とんでもないことを言う。全部断るが、いくらだったら売るのかと、どうしても値引きしてもらいたいらしい。普通なら取り合わないのだが、こっちもいまいまの金が欲しいときがある。買った値段もあるからと、損してまで売る気はないが、かなり強引に負けさせるときは、こっちも臍を曲げる。そういうのは、「押し買い」とは言わないのだろうか。業者ばかりが悪いのじゃない。お客さんだって、ごり押しして、人の足下を見るときもある。一度、怒って、二度と来るなと塩があれば撒いたときもあった。いっぱいレジのところに本を運んできて、「これ全部買うから、五千円にしてくれ」と、計算したら、売り値の三割以下とは、頭にきた。
「古本屋だとバカにするな。出てゆけ」と、そのときは怒り狂った。
 
 いまは、押し売りの時代ではない。訪問販売も随分となりを潜めた。わたしも若いときは学研にいて、百科事典のセールスをしていた時期があった。いまは、あんな商法は通らない。
「刑務所から出てきたばかりだが、パンツのゴム紐買ってくれねえか」というのも懐かしいセリフだ。一時、仕事のない若い人たちが、いろんな安ものの玩具とかラジオなどを千円だと売り歩いていたときがあった。中国製の百円均一で売っているようなものを千円で売り歩き、一個売れば彼らに何百円か渡るのだろう。ここのところ全然そういう人を見かけなくなったのは、売れないからだ。
 五所川原の業者というよりか、テキヤさんが、うちにいつもチラシの印刷を頼みにきてていた。顔を見たら、すっかりとヤーサンっぽいが、いろんな商材をどこから持ってくるのか、わたしに写真に撮って、簡単なモノクロのチラシを作成して印刷させていた。訪問販売をするらしい。たまごっちがすたれたときに、彼は在庫を五千個ぐらい抱えてしまい、ブームが終わって火傷をした。わたしのところにどんな商品がこれから売れるかなと、よく相談にきた。LEDのソーラーライトをわたしが二千円でネットで買ったのが8年くらい前であったか。それを見せたら、彼は飛びついた。だけど、ネットでよく値段を見てからにしてと、彼に注意を促した。売り込みもいまはお客のほうが情報が早いのでやりにくい。
 偽ブランドものや、キャラクターもののぬいぐるみもきっといまは輸入できないが、偽者と判って売っていた。果てはラブホテルの部屋に置くサンプルだと、いやらしいスプレーも売った。うちでは言われた通りに、各部屋に置くプラケースに入れた説明書を印刷してやった。それも売れたのかどうか。どうもテキヤさんのセンスとアイデアでは売れそうにもない。ここのところ何年も彼は来ていない。どうしているのか。中学の息子さんもいまは大学ぐらいにはなっているだろう。教育費も高くてと、ボヤいて、彼は会社や団地を真面目に売り歩いていたが、生きているのだろうか。

 金が値上げしてから、金製品の買取がいろんなところで始まった。わたしの友人のリサイクル屋も大きく広告を出して買取を始めたが、一度新聞に載って、大量に贋物を掴まされたとか。鑑定できる人がいないと、怖い商売だ。ちなみに、わたしの金歯はいくらで買ってくれるのだろうか。死んだじいさんは総入れ歯であったから、金歯はないが、金が高いとなると、きっとどこの火葬場でも、骨を拾うときに、躍起となって、金歯を捜すのではないか。
 ばあさんが死んだときに、火葬場でじいさんが泣きながら金歯を捜すという川柳があった。あれは青森のとっくに亡くなった川柳作家だった。名前と句は忘れたけど。

 うちでは「押し持たせ」ということもする。知り合いが来ると、古本が余っているから、無理やり只で持たせてやるのだ。相手は一冊あればいいのに、十冊ぐらいどうだと、いらぬ荷物で持たせるから、みんな泣きそうな顔でありがとうとは言う。いらないと言うと、わたしはすごむ。
「うちの古本に何かケチでもつけようってのか。こっちが善意で只で差し上げようってんだ」
 すると、知り合いは、悪かった。喜んでいただいてゆくと、逃げようとする。
「なんだったら、配達してやるぜ。文学全集と美術全集も只でやるからなー」
 最近は、どうも店は静かだった。そういうことをしているから、誰も店に寄り付かなくなったかな。