店内にはFFのストーブがあるが、事務室の中には暖房がないので、小型の反射式石油ストーブを使っている。それでも足りないときは、足下の温風ヒーターを使いながら、わたしだけ、事務室のノートパソコンでデータを打っている。できるだけ、店には顔は出さないようにしているわけではないが、息子を立てないといけない。いつまでも隠居したのにうろうろしていたら、息子に悪い。そんなわたしを、昔から来ている人は「会長」と呼ぶ。ええ? 三人しかいないのに、一人は会長でもう一人が社長で、女子社員が一人しかいないのに、大会社みたいに呼ばないでくださいよ。息子は店主、わたしは引退したから元番頭、女子は手代と、社名も古風だが、それぞれの呼び名もまた古風でいい。
 で、そのストーブだが、いろんな使い方ができて便利この上ない。それまで、お湯を沸かすのに、電気ポットを使っていた。それは保温もするが、半日ずつと電気を使うので、電気代がかかるのだ。それで、ヤカンを買ってきた。ヤカンがいつもストーブの上にのっていて、シュンシュンとお湯が沸いているだけでなく、適度な湿度も与えてくれる。そのお湯でお茶もいれるし、カップラーメンもいただく。 
 正月の鏡開きには、餅を焼いて食べようという女子の提案で、ワタシを買ってきた。わたしが、ワタシを買ってくる。その言い方を若い人は知らなかった。ワダシであったかな。津軽弁かな。焼き金網のことだ。昔は真ん中に石綿が張ってあって、いまから思えば、アスベストに食品を載せて焼いたのだ。
 それを買ってきたら、お供えを載せて焙って食べた。ただの醤油だけでいいという。普通は、それに砂糖ぐらい入れて、甘じょっぱいタレにつけて食べるだろう。きな粉も買ってきていたので、きな粉餅にもした。余ったきな粉は捨てるというから勿体ない、それをコップに集めて、お湯を注いで箸でごねごねして舐めたら、何か、こうせんのような、昔、おやつのなかったときに食べた懐かしい味がした。これはいけるかもしれない。これから、餅はいらないから、きな粉だけ買ってきて、ごねごねしようかな。
 お汁粉も作った。なかなかいい。餅も正月しか食べないのが残念だ。普段でも売っているのだろう。たまにやりたいものだ。なんとなく、古本屋の事務室もアットホームになり、女子は楽しそうだ。
 
 いろんなものを焼いてみる。マシュマロも焼いたら美味しいことを女子が発見する。焼きマシュマロか。こんがりと焼き色がついて、熱いのをフーフーといただく。なんだろうね、この味。ここで、売ろうか。焼きたてのマシュマロ。だんだんと古本屋が古本屋でなくなる。
 スルメも焼いたらどうだろうか。それはさすがに反対された。臭いが出る。あの臭いは古本屋には合わないし、お客にバレる。
 焼き芋もやった。茨城の叔母さんから毎年送ってもらう紅あずまのさつまいもを、ストーブの上で焙る。ふかすよりは焼いたほうが甘味が出る。
 秋にはサンマなんかも焼けるな。と、話がエスカレートしてくる。フライパンを用意したら、焼肉もできる。お好み焼きなんかもいい。

 だけど、そのストーブは怖いのだ。この前は、息子が買ったばかりの防寒コートを焙ってしまった。美味しそうに焼けたのに、食べもしないで、ゴミ袋に捨てた。勿体ない。息子はしょんぼりしていた。わたしも若いときにやったことがある。当時の月給の半分もする高級なスェードのジャケットを、取引先のつきあいで、展示会に呼ばれて買わされた。商売のつきあいだから、仕方がないと買ったのはいいが、ストーブの煙突にべったりとつけて、黒い焼き型がついてしまった。それも買って五日目のことだった。
 食べ物を焼くのはいいが、着るものはよくない。そういう落ちるようなところに置いたら火事になる。いまは、ストーブも安全設計で、火がそのまま出るようなのはあまりなくなったが、移動可能なストーブは温風ヒーター以外は昔のままだ。

 昔、我が家にあったのは、アラジンという丸型の小型のストーブだが、青い火が出ていて、これは小さいが温かかった。反射式と違い、四方が暖かい。しかも、部屋を対流する。上だけが暖かくなり、足下が寒いのは扇風機など回して強制的に対流させてやる。
 店は古本という紙が積んでいて、そういうストーブの周辺には置けない。たまたま置くスペースがなくて、ストーブの近くに積んだ本は触れば温かい。できたてのほかほかの本で、寒い季節にはいいかもしれない。
 10数年前の店には、大型のFFストーブが設置してあった。それは30坪くらいの店を暖めるので、かなり強力なものであった。どれぐらいすごいかというと、噴出し口から3メートル離れていた本棚の本が熱さで変形するほどであった。それに気がついて、慌てて直接、温風が当るところには本は置けないとどけた。たまたま、書類も置いていたが、大事な書類も印刷文字が薄れて、ファックスで来たものは、熱感熱紙であり、ワープロの原稿と同じで、すべて変色し文字が飛んでいた。大事な会社の書類や、印刷原稿をそんなところに置いたのがいけなかった。プラスチックのバインダーなんかもぐにゃりと曲っている。火事にならないが、そういうこともある。
 その教訓を生かして、新しい店では温風の吹き出し口から、直接当るところにはモノは置かないようにした。

 昔はよく火事が出た。いまは、暖房器具もよくなり、家も直火は使わず、電磁調理器も普及してきた。そのため、火災は減ってきたろう。不燃材での建物の附属設備も普及して、カーテンなども燃えにくくなった。最近の怖いのは、電化製品からの発火だ。たこ足配線も危険だし、思わぬ過信が火災を出す。
 息子は神経質で、ストーブを消火したかどうか、確信が持てないと、夜、布団に入ったら急に心配になり、11時過ぎて車で店まで確認に来たことがある。それはいいことだが、日々の閉店時での確認を怠らないようにしたらいい。わたしは、指差し呼称をして、ストーブオーケー、温風ヒーターオーケー、バリスタオーケーとやっている。コーヒーメーカーもスイッチが入ったままだとまずい。それが習慣となっているが用心には越したことはない。まあ、安心なのは、うちの店の三軒隣が消防署だから、すぐ来てくれる。それだけだ。