普通の暮らし17

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真子は福島の土壌汚染の測定値が広く世間に報道されるまで、


少なくとも土埃が舞い上がる体育の授業と外の作業は拒否しよう

と決心していたが、


とうとう土壌汚染の測定値は報道されることはなかった。

 

 

そして、放射能汚染からこどもを守ると思って入会した有志の会の掲示板では、とうとう


放射能と共存するには~とか、

 

放射能汚染は大したことないから、明るく生きる~とかの投稿しか出来なくなった。

 

 

ほぼ思いつく議員には電話したし、電話ができない議員にはメールを片っ端からした。

 

 

市議会の傍聴、議員訪問、議員への手紙、署名活動、市や県に意見書。議会に陳情書。

 


東電に何度も何とかしろと電話した。

 

東電のオペレーターは「ご迷惑をおかけしています」といいつつ、

 

東電の話を要約すると、

 

「避難費用は支払わないし、この事故によって何があっても補償はしない。」

 


「文句は聞きますが、金が欲しけりゃ裁判して勝つしかないよ」という内容だった」

 

慇懃無礼な東電のオペレーターと話していて

 

何かあった時、健康と命は金に置き換えるしかないってことを

 

改めて思い知った。

 

 

あと当時、放射能のことは文部科学省が担当部署だったと思うが、真子は土壌汚染のことを何度も問い合わせた。

 

 

土壌汚染の地図がHPに載っていたので、数値の読み方を教えてもらった。


いわき市は「10」という青色で塗られていた。

 

 

「10ベクレル?ってことか・・・なら、いわきは大丈夫かなあ・・・」

真子が聞いた色んな講師の話を思い出しても、

チェルノブイリ事故の時に土壌汚染がひどい地域って、たった二桁ではなかった。

 

 

だから、確かめたかったんだ。いわきは大丈夫だって。

 

 

瀬上は剪定した木は2万bq/kgだと言っていたが、土壌は汚染されていないのかもしれない。

 

 

汚染されていないことを祈りながら、質問したんだ。

 

 

文部科学省に電話すると、オペレータが出る。

 

ここを突破しないことには色々知りたいことは確かめられないので、

 

放射能を気にする雰囲気をゼロにして、HPの測定値の単位の読み方を教えて欲しいと言った。

 

 

そしたら、暫くして、担当者のような人がでて、単位の読み方を詳しく、測定の仕方まで丁寧に教えてくれた。

 

 

(今は電話しても放射能関係の話の場合、電話オペレーターから先に中々行けないが、当時は職員の話も聞けたし丁寧だった。)

 

担当者の話を聞くと、

 

いわき市の土壌汚染一番少ない値で10万ベクレル/㎡~でした。


やっぱ、汚染あるよね・・・

だよね・・・

 

 


さて、パパを説得して子どもたちの学校生活が終わるまでは避難しよう!

 

 


と、決めてから真子は「何とかしてほしい」と色々なところに問い合わせるのをいったん止め、移住先探しを始めた。

 

 


四国・・九州・・北海道・・関西・・・中部地方・・

どこまで逃げたら比較的安全なの???

 

 

全く土壌汚染の情報がなかった。

 


放射線量の情報はあったが、土壌汚染の情報がゼロだった。

 

 

ピアノが持っていける避難先も困難だった。

 

 

子ども二人・・特に高校生の転校は年に1回とか、一学期に1回とか学校によって様々だった。

 


高校の編入試験があって、ピアノが持っていけて、土壌汚染が比較的なくて、下の子の通学もある程度便利な場所。

 

 

ない、そんな移住先ないんだよ。

 

 

 

先ず、避難先がピアノを持っていく話をすると、みんな笑うの。

 

 


真子は、ピアノでしか仕事してこなかったんで、必需品だったんですが、

 

 

ピアノやっていない人たちにとっては、

 

 

おままごとにしか映らないようだった。

 

 

 

勿論やったこともないバイトもする覚悟はあった。

 

 

でも、40年以上ピアノと離れたことのない真子にとって、

知らない場所に行く上でピアノは精神安定剤でもあった。

 

 


散々探したがなかった。

 

 


一方で、パパに自主避難の相談をした。

 

 


毎晩、自主避難のことを相談した。

土壌汚染のことも話したし、子どもの登校拒否についての学校の対応についても話した。

自主避難者には無料の住宅支援があることも話した。

取り敢えずの長期避難だが、許可してほしいと何度も話した。

 

 


だが真子の夫は全く取り合わなかった。

 

 

夫なのに、

まるで、東電や福島県、いわき市の担当者と話しているようだった。

 

 


「土壌汚染がないという証拠や、健康被害がないという証拠はない。子どものために避難を応援してよ」

 

 

「健康被害があるっていう証拠だってない。土壌汚染だって少ない、安全だと国は言っている。」

 

 

「国が大丈夫だって言っているのを信じないのか?話にならん!」

 

 

「避難は反対だ。誰がぼくの面倒を見るの?」

 

 


こんな答えの出ない言い合いがほぼ毎晩二か月ほど続き、


ある日、真子はプチって何か切れたように感じた。


話しているうちに子ども達、被ばくしちゃうじゃん。

離婚か・・・・・
離婚しかないか・・・

 

 


子どもの健康を守るためには、離婚するしかないのか・・・

 

 

原発事故って

こういうことなんだ・・・・

 

 

 

エネルギー事業って

 

 

結局便利さの裏にこれだけのリスクがあったんだ。

 

 

ポケーとそんなことを考えた。

 

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