コメントのほうに、
 
答えることのできないコメントが来ていたので、
 
記事の方で、取り上げます。
 
 
子どもは生きることより
父親と別れることを 選びますかしら、と。

 

 

 

選ぶか選ばないかはわからないです。

 

これが答えです。

 

そして、コメントくださった方、

 

ブログを読みましたが、

私は元々あまり社会情勢に詳しくないですので、体験したこと以外はわからないです。

 

ただ、自分の体験を通して、報道よりも世間で言われているイワユル陰謀論(といっていいのか悪いのか、スミマセン)のほうがよりリアルだと思っています。

 

先のコメントでは、失礼しました。

全て消しました。

 

 

ーーーーーーー

 

ここからは言い訳です。

 

 

当時下の子は10歳、上の子は15歳でしたから、

 

逃げたくても逃げられないし、

 

ただ、当時かき集められるだけの行政から出した文書を子どもたちに見せて、

 

私には避難する覚悟があることを伝えました。

 

勿論、まだ小さかったけど、

 

避難するかどうか、選んでと言いました。

 

 

下の子は登校拒否だったから、避難すると即答でした。

 

 

避難は正解だと本人も言ってますし、寧ろ、避難先の九州やここでたくさんの友人に恵まれ、福島には帰りたくないと言っています。

 

 

上の子は結構悩んでました。友達と別れるのは辛いと言ってました。友人の何人かは既に他県に避難していたから、現実に汚染はあるし、結局避難を選びました。

 

 

でも、避難を選ぶと、本格的に取り組んできたピアノ・・音楽の道は閉ざされますので、そこは本当に悩みました。

 

 

だから私は、子どもが本格的に音楽の勉強としてきたことがゼロにならないよう、

 

 

最低限ピアノを持っていくことは子どものためにも諦めたくなかったんだよね。

 

 

すべてゼロが正解なんだろうけど、

 

 

私は格好悪く、もがいたんです。

 

 

結局、進路を決める際、音楽が役に立って、

本人の希望するところへ進むことができましたし(それが正解かどうかはわかりません)たまたま転校した高校が進学校だったので、朝授業、放課後授業もあって、塾代がかかりませんでした。

 

 

福岡の朝授業、放課後授業には賛否両論あるようですが、私は本当に福岡の高校に感謝しています。

 

 

自主避難は避難しても避難しなくても批判されます。

 

 

子どもは学校で差別されませんでしたが

 

 

私はバイト先で、

何度も避難したことがわがままだと言われたり、

避難者は過激だとか、放射脳とか、避難者のアホと言われました。

 

これ全部大人が言ってんですよ。

 

 

少し前、避難者への差別、学校でのいじめの報道がありましたが、あれは子どもが自主的に言ってるんじゃないですよ。

 

親が家庭で言ってるのを子どもが真似して言ってるにすぎません。

 

いじめの原因は、大人です。

 

 

本題ですが、

 

 

避難することを話し合った時、

子どもは「死にたくない」って言いました。

 

 

うちの場合は、その言葉が決め手です。

 

健康被害のリスクをできるだけ取り除いてあげることを選んだにすぎませんが、

 

 

やはり、正解はないです。

 

 

正解がないからこそ、

 

 

あれほどの大事故が起こっても、だれも責任取らないし、のうのうと原発を動かすことができるんだと思ってます。

 

 

私は原発だけではなく、すべてのエネルギー事業をもう一度見直すべきだと考えているので、

 

 

 

私は再エネ推進者からすれば

使えない原発事故自主避難者です。

 

 

 

避難者を使って、

再エネ推進している団体を見ると反吐が出ますし、

 

 

 

避難者に寄り添うとか言って

実際は監視している支援団体をたくさん見てます。

 

 

全てじゃないけど、私が出会った殆どの団体の本質を言えば、

 

 

避難者は利用できるうちは使う、

 

 

利用できなくなったら、捨てる。

 

 

他人の不幸は知らん振り

 

 

でした。

 

 

そうではない人は

ごく少数で素晴らしい方ばかりだけど、

 

 

子どもたちの未来は、

 

 

明るそうに見えてるけど、本質的には暗いです。

 

以上、言訳でした。

 

ーーーーーーーーー

 

私も既に50超えて、先もどうなるかわかりません。

 

 

ブログで小説を書こうと思ったのは、

 

本当の声は、

 

本当は出てこない

 

と思ったからです。

 

 

私の声は避難者の声の中の一つですが、

 

 

私が書いたことと同じことを経験している人がいたら、

 

 

次は、もっと上手に事実を伝える事ができます。

 

 

本当のことを言うのはとても勇気がいるので、

一人じゃ頑張れません。

 

そんな時、

 

同じ経験をしている人がいれば、少しだけ救われます。

 

 

諦めるんじゃなくて、頑張るんじゃなくて、

 

し続けるってことが

 

一番難しいけど大切なことだと思ってます。

 

最後まで書けるかな・・・

 

Miko.Tukamoto

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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普通の暮らし17

テーマ:

真子は福島の土壌汚染の測定値が広く世間に報道されるまで、


少なくとも土埃が舞い上がる体育の授業と外の作業は拒否しよう

と決心していたが、


とうとう土壌汚染の測定値は報道されることはなかった。

 

 

そして、放射能汚染からこどもを守ると思って入会した有志の会の掲示板では、とうとう


放射能と共存するには~とか、

 

放射能汚染は大したことないから、明るく生きる~とかの投稿しか出来なくなった。

 

 

ほぼ思いつく議員には電話したし、電話ができない議員にはメールを片っ端からした。

 

 

市議会の傍聴、議員訪問、議員への手紙、署名活動、市や県に意見書。議会に陳情書。

 


東電に何度も何とかしろと電話した。

 

東電のオペレーターは「ご迷惑をおかけしています」といいつつ、

 

東電の話を要約すると、

 

「避難費用は支払わないし、この事故によって何があっても補償はしない。」

 


「文句は聞きますが、金が欲しけりゃ裁判して勝つしかないよ」という内容だった」

 

慇懃無礼な東電のオペレーターと話していて

 

何かあった時、健康と命は金に置き換えるしかないってことを

 

改めて思い知った。

 

 

あと当時、放射能のことは文部科学省が担当部署だったと思うが、真子は土壌汚染のことを何度も問い合わせた。

 

 

土壌汚染の地図がHPに載っていたので、数値の読み方を教えてもらった。


いわき市は「10」という青色で塗られていた。

 

 

「10ベクレル?ってことか・・・なら、いわきは大丈夫かなあ・・・」

真子が聞いた色んな講師の話を思い出しても、

チェルノブイリ事故の時に土壌汚染がひどい地域って、たった二桁ではなかった。

 

 

だから、確かめたかったんだ。いわきは大丈夫だって。

 

 

瀬上は剪定した木は2万bq/kgだと言っていたが、土壌は汚染されていないのかもしれない。

 

 

汚染されていないことを祈りながら、質問したんだ。

 

 

文部科学省に電話すると、オペレータが出る。

 

ここを突破しないことには色々知りたいことは確かめられないので、

 

放射能を気にする雰囲気をゼロにして、HPの測定値の単位の読み方を教えて欲しいと言った。

 

 

そしたら、暫くして、担当者のような人がでて、単位の読み方を詳しく、測定の仕方まで丁寧に教えてくれた。

 

 

(今は電話しても放射能関係の話の場合、電話オペレーターから先に中々行けないが、当時は職員の話も聞けたし丁寧だった。)

 

担当者の話を聞くと、

 

いわき市の土壌汚染一番少ない値で10万ベクレル/㎡~でした。


やっぱ、汚染あるよね・・・

だよね・・・

 

 


さて、パパを説得して子どもたちの学校生活が終わるまでは避難しよう!

 

 


と、決めてから真子は「何とかしてほしい」と色々なところに問い合わせるのをいったん止め、移住先探しを始めた。

 

 


四国・・九州・・北海道・・関西・・・中部地方・・

どこまで逃げたら比較的安全なの???

 

 

全く土壌汚染の情報がなかった。

 


放射線量の情報はあったが、土壌汚染の情報がゼロだった。

 

 

ピアノが持っていける避難先も困難だった。

 

 

子ども二人・・特に高校生の転校は年に1回とか、一学期に1回とか学校によって様々だった。

 


高校の編入試験があって、ピアノが持っていけて、土壌汚染が比較的なくて、下の子の通学もある程度便利な場所。

 

 

ない、そんな移住先ないんだよ。

 

 

 

先ず、避難先がピアノを持っていく話をすると、みんな笑うの。

 

 


真子は、ピアノでしか仕事してこなかったんで、必需品だったんですが、

 

 

ピアノやっていない人たちにとっては、

 

 

おままごとにしか映らないようだった。

 

 

 

勿論やったこともないバイトもする覚悟はあった。

 

 

でも、40年以上ピアノと離れたことのない真子にとって、

知らない場所に行く上でピアノは精神安定剤でもあった。

 

 


散々探したがなかった。

 

 


一方で、パパに自主避難の相談をした。

 

 


毎晩、自主避難のことを相談した。

土壌汚染のことも話したし、子どもの登校拒否についての学校の対応についても話した。

自主避難者には無料の住宅支援があることも話した。

取り敢えずの長期避難だが、許可してほしいと何度も話した。

 

 


だが真子の夫は全く取り合わなかった。

 

 

夫なのに、

まるで、東電や福島県、いわき市の担当者と話しているようだった。

 

 


「土壌汚染がないという証拠や、健康被害がないという証拠はない。子どものために避難を応援してよ」

 

 

「健康被害があるっていう証拠だってない。土壌汚染だって少ない、安全だと国は言っている。」

 

 

「国が大丈夫だって言っているのを信じないのか?話にならん!」

 

 

「避難は反対だ。誰がぼくの面倒を見るの?」

 

 


こんな答えの出ない言い合いがほぼ毎晩二か月ほど続き、


ある日、真子はプチって何か切れたように感じた。


話しているうちに子ども達、被ばくしちゃうじゃん。

離婚か・・・・・
離婚しかないか・・・

 

 


子どもの健康を守るためには、離婚するしかないのか・・・

 

 

原発事故って

こういうことなんだ・・・・

 

 

 

エネルギー事業って

 

 

結局便利さの裏にこれだけのリスクがあったんだ。

 

 

ポケーとそんなことを考えた。

 

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普通の暮らし16

テーマ:

真子が参加していた、こどもを守る~という団体の分裂劇に戻る。


この会は特に会費を徴収していなかったので、団体と呼んでよいのかわからない。

 

 

市民団体というより、市民・国民の有志。

 

会員のページには習院大学の教授、あと医師や弁護士、東京や四国、神奈川に住んでいる人もいた。

 

この有志達がやったことを具体的にいうと、

 

原発反対の署名活動や、学校給食に福島産を使わないよう要望した署名活動、定期的なお茶会、議会の傍聴。

 

あとは有志が週末に通学路や公園などの除染をすることだった。

 


誰でも見れるICSネットワークのHPには放射線量や移住・保養情報が書いてあるのだが、

 

会員のページの掲示板では

 

保養、移住情報や自分のガイガーカウンターで測った数値を掲示板に投稿すると、

 

嫌というほど罵倒する先生方(瀬上その他とりまき)が出てきて、投稿者をコテンパンにやっつけていた。


ガイガーの数値については、特に厳しかった。素人が測ったのはデマと言い切っていた。


数値の正誤ではなく、高いか低いかを相対的に述べることも許されなかった。


 

当然、普通の会員は保養・移住、放射能汚染の話をすることはなくなり、

 

 

徐々に除染すればこのまま福島で暮らしていけるという投稿だけが増えていった。

 

今冷静に考えると、

 

 

この団体は、一般に見れるHPで放射能の危険性を訴え、放射能に不安を感じる人々を集め、

 

 

クローズドの会員ページで放射能汚染への不安を払しょくするために作られた団体の様にも思える。

 

 

当時、瀬上たちを野放しにしているICSネットワークの方針がおかしいと感じる人は何割かいた。真子もその一人。

 


瀬上たちの暴言に、真子と同じように感じていた人たちの不満があふれそうになった時、

 

突然、幹部たちの言い合いが掲示板で始まった。

 


掲示板を読んでみると、どうやら意見があわず、一人が何人かを引き連れて会を離れたようだった。

 

 

そして、IPSネットワークを離れた人たちは、毎週集会を開いていた。


こうやって、何が何だかわからないうちに、

 

 

放射能汚染からこどもを守るために集まった人たちは分裂した。

 

 

キリのない除染を毎週やる団体と、

 

 

ただ放射能汚染を不安に思うだけで、特に根本的な解決には触れずに、集会を開いては人集めをする団体になったようだった。

 

 


こういう団体の分裂劇は多分あちこちで起きていたとおもう。(のちほど真子自身も分裂劇の当事者になる)

 

分裂は市民団体だけではなく、

 

学校でも放射能汚染を不安に思う保護者と

 

国の言っていることを信じ放射能汚染を心配する人を批難する人たちと

 

様子見している人たちに分かれていた。

 


真子は

 

自分の住んでいる場所がどのくらい放射能汚染されているのか。

 

土壌汚染はどのくらいあるのか。

 

飲料水は安全なのか。

 

野菜はどのくらい汚染されているのか。

 

それが知りたかった。

 

 

新聞等で空間線量というのは毎日下がっていることは報道されていたが、土壌汚染の正しい数値は報道されなかった。

 

 

だから何となく、

汚染がゼロということはない~と思っていた。

 

 

でもその疑問に学校や行政は

「基準値内の汚染だ。」という言葉で安心させた。

 

 

その基準値というのがどういうものかの説明は曖昧だったが、大部分の人はその言葉を信じた。

 

 

やはり報道の影響力は大きい。

 


真子も含めて福島県民の多くは放射能汚染の被害がそれほどではないと信じたかったのだ。

 

 

だから、基準値内の汚染=安全である~ということに乗った。

 

 

学校の保護者会の中でも、放射能のことを発言する人は

 

 

「風評被害を招くから発言しないでくれ」と言われた。

 


「放射能のことをもう考えたくないんだ」

 

 

「もっと前向きに放射能汚染と向き合っていく。」

 


「そんなに放射能が心配なら福島から出ていけば?」

 


「事実と向き合ったら、生活なんかできないよ。」

 


「もっと、楽しくいこうよ。」

 


学校はあの爆発からたった二か月で子どもたちに外の活動をさせていたが、

 


校庭に放射性物質がないと思えなかった真子は外の活動と給食を拒否した。

 

 

同じように外の活動と給食を拒否していた人が最初たくさんいたが、その数は、段々減っていった。

 


真子の子どもと同じクラスの子どもたちは、


「もう大丈夫だって先生が言っているのに、なんで夏ちゃんは何時までもお弁当で、体育の授業休んでるの?ズルい!」

 

 

と真子の娘に毎日のように言っていた。

 


外の活動と、給食を食べていた子どもたちが、放射能を気にする子どもを許さなかったのだ。

 

 

最後、外の活動と給食を拒否する子どもは教室で二人になり、とうとう夏一人になり、

 

 

子どもたちは集団で夏をいじめるようになっていた。

 

 

夏は、叩かれたり、文句を言われたり、仲間外れにされたり・・・


子どもは大人同様容赦がなかった。

 

 

とうとう、夏は

「学校に行かない」と登校拒否になった。

 

 

何とか行かせようと、学校に夏を叩く子どもの名前を挙げ、保護者への指導をお願いしたが、

 

 

「お母さんが、国の言うことを信じるようにしてください。」

 

「普通に夏っちゃんに給食食べさせて、体育の授業も受けさせてください。」

 

と担任に言われてしまった。


「では、先生、校庭の土壌汚染は一体何ベクレルあるのですか?放射線量ではなく答えてください」

 

と質問したが、その質問に

 

 

「国が言っていることが信じられないのなら、話すことはありません」

 

 

という答えにならない答えが返ってきた。


・・・もう、終わった。

 

 

何もかもがおかしくなっている。

 


というか、とっくにおかしかったけど、私が気づかなかっただけなんだ・・・・

 

 

一番考えたくなかったけど、

 

真子は母子移住を真剣に考え始めた。

 

 

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今年2月に行われた山本節子さんの動画を紹介します。
~と思って書いていたら、
 
今月も講演会があるようです。
 
詳細は、フェイスブックを見るとよいと思います。
 
https://www.facebook.com/pg/大山ふもとの自然環境と米子の水を守る会-746662915441632/events/

 

 
ーーーーーーーーーーーー
 
フェイスブック 
大山ふもとの自然環境と米子の水を守る会より

 

 

ご存知ですか?米子市淀江町に産業廃棄物最終処分場=公害施設の計画があることを!- 


 米子市淀江町に産業廃棄物最終処分場の計画があります


水と緑と史跡の町-淀江町は、真名井の水をはじめとする多くの名水、湧き水のある水源地です。水源地には産廃処分場を造ってはいけません。

 

私たちの大切な飲料水=命の源があるからです。


しかし、鳥取県は強行にこの産廃計画をすすめようとしています!なぜなのでしょうか?


 環境ジャーナリスト山本節子氏による二度の県庁、米子市役所等の行政交渉と公開請求により、数々の違法と多くの問題が明らかにされました!


今の一般処分場に産業廃棄物が捨てられてるということも分かりました!


この産廃計画には何が隠されているのか?


私たちの水も将来も安全なのか?


私たちは何をしたら良いのか?


山本節子氏がわかりやすく解説します!...


貴重な機会です。
ぜひお越しください!

日時 2017年5月21日(日)受付13時から 講演14時から16時まで
場所 米子市文化ホール メインホール
入場無料
託児あります。5月14日までにご連絡ください。
託児申し込み 090-1354-7506 タケダ

☆前回の山本節子氏の講演会
「産廃って何だ!?-私たちは何をしたらよいのか?-」
産廃とは?なぜ造ってはいけないのか?この計画の問題点などを分かりやすく解説してくださっています。5月の講演会までに観ていただくと分かりやすいと思います。


https://m.youtube.com/watch?v=LUrF-w2th6g&t=54s

 

 
以上
……………………………………

 

公害事業を止めたいと切実に思っている人に伝わって欲しいです。

 

止まらない方法をずっとやっても止まりませんし、根本的な解決はありません。汚染をある程度受け入れた形で良しとしているのが今の日本の現状です。

 

今の市民運動は、住民の権利に気付かないまま、気づかない人を増産していってます。

 

 

産廃や清掃工場のような公害施設が建設されたら、よほどの事があっても、その地域に住む人が立ち上がらない限り、止まりません。
 
地元の住民が反対している人や止めようと事実を書いたビラを撒く人を監視するからです。
 
私は北九州市に住んでいた約4年間、
 
毎週、月曜、木曜、あと土日どちらかの週3ぐらいビラ配りしてました。
 
 
その時経験したことは、いわきでノホホンと過ごしてきた私には驚きの連続でした。
 
 
公害防止協定書締結の署名だけが、反対運動の仲間から妨害され、さいごは集めた署名をシュレッダーにかけられた事は、このブログで何度か書きました。
 
 
それと同じように、
 
 
公害施設近くに住む、元北九州の公害に立ち向かった環境団体に属していたOBが、
 
Γ北九州には住民とかわした公害防止協定書がない」ことを書いたビラを見て、邪魔してきたのです。
 
要は、公害防止協定書がないことを住民に知らせるな~ということなのです。
 
公害問題に立ち向かった環境団体のOBが、邪魔したんですよ!
 
本当にビックリしました。
 
公害防止協定書がないことを教えると、普通の住民は驚いて、
 
Γ姉ちゃん、どうすればいいの?」って聞いてくるんです。
 
一緒に地区の公民館で勉強会をしましょう~と誘うと、興味を持ってくれるんです。
 
でも、次に会いに行くと、
 
既にその住民には手が回っていて、
 
前回、前のめりで
 
私の持って行った公文書を見ていたオッチャンは、
 
別人のようになっているのです。
 
 
あいつらがなんと言って説得したのか分かりませんが、きっと簡単な事で説得したのでしょうね。
 
公害防止協定書なんか住民との間に締結させたら、事業が止まっちゃうんだから、必死よね。
 
あと、不思議なことに、実際に協定書の締結で止めた例があるのに、
 
反対運動側の弁護士は公害防止協定書なんか効力ないとか、締結できないとか、散々言って、反対してる住民が公害防止協定書締結の運動に参加しない空気を作ったんだ。
 
 
こんな風に、この場所は、
 
 
公害施設の操業を止められないように、
 
 
地域住民に事実を知らせる人を速やかに排除するんです。
 
 
流石はエコタウンのある北九州市です。
 
 
行政も企業も住民も腐ってました。
 
 
 
でも私らも何時までも負け続けてはいられない。
 
 
何度も焼却炉建設を阻止し、
 
勝った経験を数多く持ち、
 
阻止する方法を
 
反対してる住民にバッチリ教えてくれる
 
山本節子先生の話を
 
行動に移す事ができるぐらいになりたいものです。
 
 
と、いうことで、
 
 
今日はこの動画を紹介しました。
 
 
 
私はドンクサイし、知識だけつけようと努力しても、何年かかっても無理やし、うっかりノンビリしてたら、あの世にいっちゃうんで
 
何にもわからないまま、
 
取り敢えず動いてみました。
 
その結果わかったのは、
 
知識に勝るのは経験。
 
 
どんな経験でもいい訳ではなくて、
 
 
勝つ方法で動いた経験。
 
 
その経験が積み重なれば、私のように勉強ができなくても、ドンクサくても、たとえ失敗しても、節子先生の講話が少しわかるようになる。
 
 
 
もう、おかしな動きをする奴らに遠慮してる時間はない。
 
阻止する方法、
 
勝つ方法を知ろう。
 

普通の暮らし15

テーマ:

ガイガーカウンターで測定すると

校庭には放射線量の高いところと低いところがある~

ってわかった真子は、友人たちと校長に児童を校庭で遊ばせないよう交渉することにした。


しかし、校長は

 

「私も個人的には心配してますが、国が安全だと言っているので、外の活動を止めることはできない」

 

という答えだった。

 


「せめて、放射線量が高い場所にマークを付けてください」

 

と頼んだが、

 

「二桁以下の場所はあちこちにあるから、平均で考える」

 

というのだ。

 

そんなバカみたいな話だった。

 


結局、

 

放射線量を書き留めた測定値を突きつけても、変わらなかった。

 

 

日本で初めてと思われる

 

こんな大規模な原発事故がおきたのに、

 

 

学校は

 

放射能汚染の影響を無視し、

 

放射能汚染を不安に思う人を

 

徹底的に無視する作戦のようだった。

 


真子が生活している今は、

 

まるで教科書で読んだ戦時中のようだった。

 

 


真子は、今まで

 

学校や先生方のやり方に文句を言ったことはない。

 

 

どちらかというと、

 

文句を言っている非常識な保護者にウンザリしていたのだ。

 

文句は言うけど、責任は取らない。

 

口は出すけど、金も手も出さない。

 

ホント、ウンザリだった。

 

 

でも今、学校は、

 

明らかに校庭に放射性物質がある中で、

 

子どもに外の活動をするってプリントを配付したんだよ。

 


今こそガンガン文句言うべきだろ!~って思った。

 

でも、

 

今まで学校の方針や先生方の対応について、細々と非常識な文句を言っていた保護者は

 

 

こういうときだんまりだった。

 


当時友人だと思っていたPTA会長に

 

二桁の放射線量がある場所が複数あると、測定値を伝えた。

 

一緒に学校に掛け合ってもらえないかと頼んだが、

 

 

学校給食にソフト麺を卸しているからかどうか知らないが、

 

 

「こういう文句を言ってくる保護者から学校を守るのがPTA会長の仕事なんだよ」

 

 

と言われてしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・

 

あ~あ、もう、何のためのPTA?

 

 

よくよく考えると、

 

PTA組織のトップって、

 

大体、学校指定の洋品店とか、学校御用達の写真館とか、学校給食に卸している業者とかがなってるよね・・・

 


あ~

上手くできてる。

 


監視社会。

 

 

 

汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い

 

 

 

ぽやんと、生きてきたツケがまわって来た。

 

 

ただ子どもを守りたいだけなのに、それがこんなに難しい。

 

 

もう散々電話した。

 

文部科学省や東電、福島県、いわき市、教育委員会。

 

 

 

もう散々話に行った。

 

いわき市、保健所、教育委員会、自治会、議員事務所、議員訪問。

 

 


助けてくれるところはどこもなかった。

 

 

 

署名活動をやってる団体もあった。

 


でも私はそれが効果のない署名だと知っていた。

 


最低でも自治会やPTA全体を動かさないと効果はない。

 


無視できない声は確かにあるが、

 

それこそ民主主義なので、その地区の声として届けないと、多くの声は無効になってしまう。

 


それでも、「多くの人に気付いてもらうための署名」と割り切っての署名運動としては意味がある

 


と思って少しだけその団体の手伝いをしていた。

 


そんな時ですよ。


その団体の

 

仲間割れ劇を見せられたのは。