『ニーチェの馬』 A TORINOI LO/THE TURIN HORSE 2011年・ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ
芸術というものは、万人に理解されないからこそ芸術だ。
戸惑ったときには、方便にもなる。
おそらく、これは芸術だ、と言っておけば間違いない。
芸術眼の無い当方が観る、昨年のキネマ旬報外国映画1位な作品。
極めて陰鬱。
絶望感。
強風の荒野で暮らす親子と馬。
何もない暮らしがずっと映し出される。
ずっとだ。
大家族モノのような編集は入らず、ただただ、ずっと。
芸術というものは作り手から見ても便利であって、有効でもある。
『ヱヴァンゲリヲン』の庵野秀明監督も言うように、思わせぶりや説明不足を散りばめておくと、好事家が勝手に解釈を膨らませてくれる。
言うなれば、そこまでの糊代があって完成するのが芸術だろう。
父親のデルジ・ヤーノシュは仲代達矢のような眼力。こわい。
今はレストランの洗い場で働いているという引退女優、ボーク・エリカが娘役。実は美人。と、かなり後半で気づいた。
鬼才タル・ベーラ監督は長回しを好むと聞いたが、ここまで長いとは。
同じ音楽がリピート再生で、だんだん凹んでくる。あ、当方が、です。
何度も時計を見る始末。
カメラは凄まじく、映像の力は圧倒的。
モノクロの力技であり、カメラワークの勝利とともに、入念な美意識に基づく絵作りだろう。
つまらないわけではなく、印象には深く残る。
ただ、これはなかなかの強敵だ。睡魔との戦いも。
大変にエラそうながら、こちらが斟酌して初めて意味を持つ映画は、評価が分かれるのも無理もない。
もしも当方に、キリスト教的世界観の土台があったら。
ニーチェ語録の「神は死んだ」の意味は、キリスト教界ではドエライことなのだそうだけれど、その感覚が当方に少しでもあったなら。
たとえば、ピカソは難解で、ルノワールは明解。
と思っていると、真近で観るルノワールの筆さばきに息を飲むことになる。
と、ふと、こういう映画と、娯楽映画に当てはめて思い至った。
やはり、娯楽映画の親切さは心地よい。
映画史ならばともかくも、だ。
本来、映画などは、意味を問うよりも好き嫌いで語るのが正しい。
と、実に底の浅い人間で恐縮です。
WOWOW
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