もう2月ですね。ブログの更新がすっかり滞っていまして申し訳ございません。
さて表題の廃棄食品の件です。
2018年初っ端の記事が、ちょっと固いお話でごめんなさい。
でも、様々な状況からちょっと考えてみませんか、というお話です。
国、都、区、各所からの発表もありますし、民間からの啓発、個人店を中心に飲食店からの啓発もたくさん出回っています。
昨年の忘年会シーズン前頃、杉並区からも啓発ポスターの掲示を促され、飲食店に配布されました(わかりづらいポスターだったので使っていませんが)。
そんな中でひとまず政府広報からの引用を。
こちらの広報からの数字は、「食品廃棄」全体の内の「食品ロス」、本来は食べられたはずの食品を捨てた量(632万t)の記事です。
そしてこの632万tの内、家庭からは302万t、小売・メーカー・飲食店から330万tとなっています。
ちなみに世界全体での、飢餓などに対する食糧援助量は320万t。その倍量を日本国内で捨てています。
この内の小売・メーカー・飲食店での内訳を(家庭からの廃棄は皆様実体験としてお持ちでしょうから省きます)。
小売店からの廃棄では、
●賞味期限・消費期限が来たため(まぁ、わかります)。
●新商品を並べるため・棚の入れ替え(それで「捨てる」必要ある?)
メーカーからの廃棄では、
●小売店からの返品(食品の返品を受けるんですね)
●パッケージの印刷不良や、規格外れ(中身に問題ないのでは?)
飲食店からの廃棄では、
●食べ残しの料理(多かった、美味しくなかった、は意外と少なく…後で記載します)
●仕込み済みだけど期限までに出なかった(売れ残りです)
この中で私共飲食店のケースを。
食べ残し、と聞くと、どういった状況を思い浮かべますか?
多かった、美味しくなかった、などが浮かびますか?
実は飲食店からの廃棄量の半分以上(ほぼ2/3)が、「宴会コース料理」です。
宴会コースで出され、並べられたお料理が飲食店からの廃棄量の多くを占めているのです。
キプフェルでアルバイトをしてくれているスタッフは、掛け持ちで都心のちょっと高級な居酒屋でも働いています。
そのスタッフの話では、ちょっとレアな2合で4,000円弱という某日本酒を15本(3升)飲んだグループがいたそうですが、コース料理はほぼ手つかず。
たくさんのお魚やお肉、お野菜などの素材が、板前さんたちが一生懸命作ったお料理たちが、そのままゴミ箱行きです。
この場面に出くわしたスタッフは、怒りを覚えたという話を聞かせてもらいました。
板場のスタッフさんたちもやるせない気持ちでいっぱいだったことと思います。
特に収容人数の多いチェーン居酒屋さんなどは、こんなケースは多く出くわすのではないでしょうか?
幸いキプフェルでは、こういった状況に出くわしたことはありません(ご利用いただくお客様が、ありがたいことにご理解ある良い方たちばかりです!)。
夜のコースやアラカルトだけではなく、平日のランチタイムなどでも残される方がほとんどいらっしゃらないので、キプフェルでは廃棄量がかなり少なくて済んでいます。
必要な仕入れだけをして、売り切れたらメニュー終了というやり方をオープン時よりやっていることもあります。
始めた当初はこういった食品ロスについてはあまり意識していませんでした。
単純に冷蔵庫が少ない、ストックできる倉庫などもない、など、ハード上の都合で必要な仕入れだけをして売り切れ終了というやり方にせざるを得なかっただけです。
また事業ゴミを産廃業者に委託する場合、契約の上限を超えると追加料金が発生するということもあり、やはり廃棄量は少ないに越したことはないのです。
メニューの価格についても、大手などでは廃棄率を含めた原価計算(形態上ロスが出やすい業態のお店もです、大手零細関係なく)がベースになっています。
単純に食材原価からの価格設定ではない、ということです。
キプフェルの場合はロスになりそうなものはスタッフと私の食事で片付くくらいなため、原価に廃棄率は基本的に含めていません。
公私混同を避けるため、お店のものを飲食した分は私が支払っています。
仕入れ・仕込み・販売の回転が速いと、いつもフレッシュな状態を続けられるので、美味しいものを提供できます。
その代わりに仕込みや発注などでとにかく時間に追われますね。
食材とはほぼ命を分けてもらっているものです。
命あるものを分け与えてもらうのに、一部の人間たちのエゴのために多くの命が無駄死にさせられていることが悲しいのです。
一切れのお肉が欲しいだけでも、1頭の豚なり牛なり、命をいただくことになるのです。
だから肉を食べるのを止めましょう、という人たちもいるでしょうけど、それはちょっと違う意味でエゴイストな部分もあるかと思います。
生きるために食べるのは生物である以上変わらない部分ですから、その選択としてほかの命をいただくのは必然だと思います。
お肉を得たなら、お魚を獲ったなら、お野菜を収穫したのなら、しっかり食べきってあげること、それが命をいただいたものがやらなくてはならないことだと思います。
いただく以上は犠牲になった命をないがしろにすることだけは避けたいと思うのです。
私たち飲食業は、食材という命をお料理に換え、それを糧にお金をいただき、生きながらえる仕事です。
無数の命の犠牲の上に生かされていることを、実感しやすい仕事でもあります。
丸一尾のお魚を扱えば、この一尾の命を余すところなく使い切ってあげることがせめてもの供養です。
とは言え、飲食店にいらっしゃるお客様に供養のことまで考えていただく必要はまったくありません。
ご自分の健全のために、お好きなものをお好きなだけ召し上がっていただければよいと思います。
少しばかり食べきれないこともあるでしょうし、苦手なものが使われていたりもするでしょう。
2年前のデータでは632万tの廃棄が、今年は596万tになりました、というだけでも大きな前進です。
ほんの少しでいいです、頭の片隅に置いてみてくださいね!
instagram: kipferl_tokyo